第7話 そして二人は無意味に勝負

 夏の日曜日のお昼前。

 アオと四五六は、自転車で空き地へ待ち合わせをしていた。

 それぞれの自転車には、釣り道具が乗せられている。

 自転車を走らせてきたアオが、待っていた四五六に言う。

「なんだよ四五六。急に釣りなんて呼び出してさー」

「実はな、すげえ穴場を教えてもらったんだぜ」

 得意げに告げる幼馴染の穴場情報に、アオも興味が湧いてくる。

「穴場? どこ?」

 四五六はちょっと得意げに、ちょっと離れた山を指さした。

「ふふん! あの山の、川の上流な。バカスカ釣れるんだってよ。ほら」

 言われて、四五六から見せられたスマフォには、友達がバケツいっぱいに釣ったフナが映っている。

「うおっ、すげーマジか! 行こーぜ! ってか…あれ? オレたち二人だけ?」

「亨も衣枝夫も誘ったんだけどな、家の手伝いで来られないってよ」

「ハハ、そりゃタイミング悪いなー。たっぷり釣って 自慢してやろーぜ!」

 二人は意気揚々と、自転車で山へと出発した。

 車道でもある田舎道は、アスファルトで整備されているから走りやすく、晴れた今日はちょっと暑いけど、風が気持ちいい。

 場所を知っている四五六が、前を走る。

 多大な釣果に胸を躍らせるアオは、前方を歩く女子二人に気づいて、そのまま追い抜く。

 チラと後ろを見ると、しゃべって笑っている女子たちの姿が、遠退いてゆく。

「…………」

 なんとなく、思うアオ。

 そのまま走っていると、また前方に、女子が歩いていた。

「……!」

 アオは自転車の速度を少し上げて、四五六の前に出る。

 ちょっと余裕っぽい顔をしながら、四五六の前を走りつつ、女子を意識して通り過ぎた。

 「ふ…」

 チラと後ろを確認しようとして、四五六に問われる。

「? 何がおかしいんだ?」

「え、いやー…風が気持ちいいなーってさ…」

 女子を意識していた事がバレたと思って、焦った。

 四五六が前に出て、また走り続ける二人。

 三度、前方を二人の女子が歩いていて、アオは速度を上げて四五六の前へ。

「…!」

 道を知っているのは自分なのに、追い抜かれて、ちょっとムっとした様子の四五六。

 スピードを上げると、アオの自転車を抜き返した。

 そのタイミングで、女子たちを追い抜く二人。

「!」

 幼馴染のスピードアップに、アオは焦る。

(まずい…! また女子がいたら…オレの方が遅いとか思われてしまう!)

 アオもスピードアップして、四五六を抜き返すと、四五六が更にスピードアップして、また追い抜く。

「「!」」

 二人は無言の対抗意識で速度を上げて、無駄な競争状態に突入していた。

「ふ、ふ、ふ、ふっ!」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」

 必死に自転車を走らせる、男子が二人。

 また前方を歩く女子たちを抜き去るものの、四五六もアオも、負けまいと必死すぎて、気づかない。

 やがて道は上り坂になって、それでも二人の競争は終わらなかった。

「はぁ、はぁっ!」

「ぜぇっ、ぜぇっ!」

 上り坂を五分以上も走り続けて、腿がジンジンに痛くなってきた頃、二人は目的地に到着。

 四五六がブレーキをかけて停車。

「おい、アオ…ここ、だぞ」

「え、ああ、うん…」

 呼ばれたアオも、慌ててブレーキ。

 自転車を押して近づく二人は、全身が汗だくで、息も上がっていた。

「………」

「………」

 二人は無言のまま、釣り道具を持つと、車道から脇の草っぱらへと降りる。

 川面が見えると、キラキラと涼し気な流水が眩しかった。

「…釣ろうぜ」

「…ああ」

 なんで、あんなに必死で負けまいと、無意味な競争をしていたのか、もうどうでもいい二人。

 糸を垂らして魚を待ちつつ、自転車で競った事が今さらのように馬鹿々々しくてくだらなくて、二人は軽く笑いながら、ため息もこぼした。

「「ふぅ…」」

 川の風は意外と穏やかに過ぎて、太陽の照らす熱が肌をさす。

「…暑いな」

「あー…」

 糸は川の流れに揺れるだけで、ピクりとも引かない。

 アオの釣り竿の先端に、トンボが留まっている。

「あのさー…」

「なに…?」

 アオは、フと思う。

「亨と衣枝夫ってさ…家の用事じゃなくて、デートなんじゃね?」

「デート? 衣枝夫と亨で?」

「違うよ!」

「解ってる」

 しょうもないボケと、無意味な競争と、釣れない魚。

 ため息。


                         ~終わり~

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