第8話 そして四五六は夢を叶える

 日曜日の夜。

 四五六はエプロンを着けて、家のキッチンでオニギリを作っていた。

 と言っても、作っているのは普通のおにぎりではない。

「よし、ここからだ…!」

 左手には、既に片手で余る程のごはんを乗せていて、その上に、更にしゃもじでご飯をよそう。

「素早く乗せて…急いでむすんで…っ!」

 しゃもじをシンクに放って、左手のごはんの山へと急いで右手を添えようとして、しかしごはんがボロボロとこぼれる。

「あああ…! また失敗だあ…!」

 思わず大きな声で嘆く四五六の、背後の茶の間から、母の声。

「こら! お米を無駄にするんじゃありません!」

 息子の声だけで、何をしてるのか母にはわかったらしい。

「は、はーい!」

 ビクっとなった四五六は、左手に残ったご飯の塊を、そのまま食べる。

「むぐむぐ……どうしても、出来ないなあ…」

 思い描くのは、先日ノートに書いた、児玉スイカのように両手で持つほどの、大きなおにぎり。

 実は、こうして巨大オニギリを作るのは、初めてではない。

「前にどんぶりで作ったのは、大きすぎて形が崩れちゃったしなぁ…」

 どんぶりの中にご飯を盛って、更に丸く盛って、上から別のどんぶりで押さえて、よしOKと思ったら、手に取ったとたんに崩れてしまった、切ない過去。

「昔のコメディードラマなんかでは、たまに見る大きなおにぎり…どうやって作ってるんだろう…?」

 キッチンから、月を見上げて悩む四五六の表情は、大人の憂いを魅せていた。


 翌日の放課後。

 四五六はいつも通り、幼馴染のアオと二人で帰宅の途に就く。

 ため息を吐く四五六に、アオは特に気持ちが入ることも無く、呆れた口調。

「いや、そもそもそんなオニギリ、意味なくね?」

「ん?」

「そんな大きいと食べづらいし、だいたい 持っても重たいだろ」

 幼馴染の、特に新しくも説得力もない言葉に、四五六は熱く自論をぶつける。

「だから良いんだろ! 重たい程に大きいオニギリ! 食べづらい程に大きいオニギリ! お前には男のロマンが分かんないのか!」

 骨が付いたよくあるマンガ肉とか、大昔の原始人ギャグアニメのマンモスの切り肉とか。

 二次元独特なうえ美味しそうな食べ物は、人類の夢だと、四五六は思う。

 対してアオは。

「いやそりゃ、わからん事はないけど…なぜオニギリ?」

「なんだよ。アオなら解ってくれると思ってたのにさ」

「え? むしろなんで俺?」

 やはり、四五六のロマンが理解できなかった。

 ノタノタと歩いていると、いつもの駄菓子屋さんが見えて来た。

「はぁ…寄ってくか…」

「食い物の事で悩んでても食うのな」

 そんな幼馴染の行動は、よく分かっているアオだ。

 二人が駄菓子屋さんから出てくると、アオはジュースを持っていて、四五六はお菓子を二袋。

「はぁ…食欲も出ないよ」

「そうか?」

 幼馴染のこういうところは「わかんないという事だけは解ってる」アオだった。

 そんな二人の前を、亨と真子が何か会話をしつつ、通り過ぎたタイミング。 

「あの二人、なんかいつも一緒に帰ってるよな」

「ああ…どうでもいいけどな…はぁ」

 二人を羨まし気に見つめるアオと、どうでもいい感じで見送る四五六だ。

 聞こえて来た会話から、亨が真子に、クイズか何かを出していた様子。

「では貴雪さん、正解は?」

 したり顔で問う亨に、真子は自信タップリな小悪魔っぽい笑顔で答える。

「ボウルに入れてグイグイ」

「ふふん、正解だね」

「当然だわ」

 正解が聞こえてもどんな問題だったのか全く想像できないクイズだけど、二人ともドヤ顔をしている。

「? なんだアレ…」

 二人の世界が全く理解できないアオは、薄ボンヤリしたまま突っ立って、亨たちを見送った。

 しかし、思う。

「あの二人、本当に付き合ってないのか? なあ四五六…四五六?」

 同じく、二人の会話が聞こえていた四五六は、まるで雷にでも打たれたかのように、硬直していた。

「どした?」

 と問うアオに、四五六は、目から鱗がはげ落ちたような、開眼。

「そ、そうか……ボウルで…グイグイ…!」

 幼馴染まで、意味不明な言葉を発し始めた。

「? お、おい四五六–」

 四五六は、居ても立ってもいられない様子で、しかし嬉しそうな笑顔で、焦っている。

「オレ、帰るから! じゃあな!」

 こういう場面では、買ったお菓子を相手に手渡して帰ったりするけど、四五六はそんな事、絶対にしない。

 お菓子の袋を大切に抱え、少年は全速力で帰ってゆく。

「え…亨といい四五六といい、なんだ?」

 一人取り残されるアオだった。


 家に帰ると、四五六はお菓子の袋を自室に置いて、エプロンを着けてキッチンへ。

 炊飯ジャーを開けると、またごはんはたっぷり残っていた。

「いいぞ! で、まずはえっと…ボウルにご飯を詰めて…」

 シンクの下からボウルを取り出し、しゃもじを濡らして、ボウルいっぱいにまでごはんを盛る。

 そのごはんを、しゃもじでグイグイと押し固めて、平らにした。

「こうやって、固めて…これなら!」

 平らに盛ったごはんの上に、更に同じ量のごはんを乗せて、しゃもじでグイグイと押し固めてゆく。

 そうやって、ボウルの中に、僅かに一回り程小さい、丸いオニギリが成型される。

「…い、いいぞ!」

 予想通りの出来に、渋い顔で緊張する四五六。

「ここまでは良しだ…それで、うん、金網のヤツだっ!」

 シンクの下から、金網のザルを取り出して、缶に入った海苔を二枚取り出して、一枚を金網に被せる。

 平らな海苔を少しずつ押して、破らないように、しかし金網から外れたりしないように、丸く凹ませていった。

「よしよし…ここで失敗したら、全ては水の泡だ…!」

 冒険映画のスリルなシーンの如く、緊張しながら左手にボウルを持つ。

 海苔を乗せた金網を右手に持つと、慌てず急いで、ザルをボウルへと被せた。

「…!」

 合体が成功すると、上下を逆にして、ゆっくりとボウルを外す。

 金網ザルの中で、下半部に海苔を纏った、丸くて白いオニギリ。

「お、おおぉ…!」

 その姿に、四五六は、宝物への隠された扉を見つめた冒険者のような、喜びの笑顔を見せる。

 白いご飯に、もう一枚の海苔を被せると、湯気の湿りを利用して、ごはんを綺麗に包み込んだ。

 黒くて丸いオニギリを、ザルの中から、右手の上に転がし出す。

「や…やった…っ!」

 今、四五六の掌の上には、丸くて重たい、掌サイズを超えたオニギリが、乗せられていた。

「ついに…俺は…!」

 児玉スイカ程のおにぎりが、掌にズッシリと重たい。

 まだ出来たてで熱いオニギリは、金網のザルに移さなければならなかったけど、それでも形は崩れなかった。

「で…できた…! 試作だから具は入ってないけど…とうとう出来たんだーーーっ!」

 まだ熱々な巨大オニギリを、我慢できなくて、またザルから取り出し手にする。

「あちちっ! あはは!」

 左右の手でパスし合いながら熱さと戦う、夢を叶えた四五六は、心底から嬉しい笑顔で輝いていた。

 しかし、夢を追いかける男の足は、このくらいではまだ、ゴールではない。

「ようし! 次は五種類の具だーーーっ!」


 その夜。

 アオが部屋で、買ったばかりのゲームをプレイしていると、スマフォがコール。

「ん?」

 一旦ゲームをポーズして、メールを見ると、四五六からだった。

 メールには「ドリームズカムトゥルーっ!」とか書かれていて、ペットボトルのジュースと並んだ対比で写っている、大きなおにぎりの写真。

 夢が叶ったという事は、以前ノートに書いた「五種類の具のおにぎり」が完成した。という事だ。

「へー」

 写真と文章を確認したアオは、再びゲームに戻った。


                          ~終わり~

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