第6話 そしてコインはギターの友

 休日の昼前。

 私服のアオは、ギターケースを背負って、右手の中に何かを握りしめて、ブラついていた。

 不敵な笑みを浮かべているのは、ある事実を、早く自慢したくて仕方がないからだ。

「ふっふっふ…ついに、手に入れたぞ…っ!」

 開かれた掌の中には、一ドルコインが一枚、乗っている。

「これで…オレは 格好良く見えるはずだっ!」

 嬉しさのあまり調子に乗って、親指でコインを弾いてみたら、真上ではなく左斜めへと弾いてしまい、一ドルコインは地面に落下。

「あわわ…っ!」

 そのまま側溝へ向かって転がるコインを、アオは慌てて追いかけて、四つん這いの両手で止めた。

「ふー…」

 膝をついたまま、拾った一ドルコインを綺麗にフーフーして、ズボンで拭く。

「フ…危なかったぜ」

 それでもまだ、高揚気分が収まる様子のないアオだ。

 立ち上がると、近くの自販機に気づいて、得意げにニヤり。

「あーそうだ、コイツもいるな…」


 公園に到着すると、既に四五六が来ていた。

 ベンチに腰かけて、いつも通り、駄菓子屋さんで買ってきたお菓子をバリバリと食べている。

「何だよ、急に呼び出したりして」

 アオに気づいた四五六が、お菓子を食べながらジュースを飲んで、要件を尋ねた。

 問われたアオは、ギターケースを洒落た感じに背負ったまま、気怠げに歩いて寄って行った。

「よー…待たせちまったかな…」

 アオは、四五六が腰かけているベンチを見て、少し離れた場所のブランコを見て、言いづらそうに言う。

「えっと…あっち行かない?」

「? いいけど」

 気取った感じが薄らいだいつものアオに、四五六は何の気も無く応じた。

 四五六がブランコに腰かけると、アオは格好良さげな気分を隠さず、ブランコと対面する格好で、周囲の鉄柵に腰を下ろす。

「なんでそっちに座んの?」

「あー…そんな気分でな」

「鉄柵、丸いし座りにくくね?」

「そ、そんな事 ないぜ」

 実は意外とお尻が痛いけど、大丈夫、的な気取り笑顔で応えるアオだ。

「ふうん。でもさ、ジュース どこに置くんだ?」

「え……」

 さっき買ってきたジュースは冷たくて、夏が近いといえど、いつまでも手に持ってなど、いられないだろう。

(しまった……ジャケットでは、柵の隣に花壇があったんだっけ…!)

 アオの頭の中で、お気に入りの海外アーティストのジャケット写真が思い浮かぶ。

 引き締まった若い男性アーティストの写真では、花壇のレンガ柵の上に、さりげなく缶ジュースが置かれていたのだ。

「これはさ、えっと…」

 丸い鉄作の上に置こうとしたら、当たり前にバランスが取れず、他に探すも適当な置き場が見つからなくて、アオは組んだ足の上に、無理やり乗せた。

「落とすんじゃね?」

「ま、まー…こういうスタイルもアリかなって…」

 何だか冷や汗が染みだるアオだ。

「ふうん。で、今日はなに?」

 四五六の質問に、アオは待ってましたと、目を輝かせる。

「いやー なにね…まー、これ?」

 気取った感じで、まー特に凄い事でもないんだけどね空気を全開にして、ポケットからコインを取り出すアオ。

 掌の上に乗せて、四五六に見せつけた。

「外国のコイン?」

 再び、待ってましたの質問に、アオはセンスが高すぎて止まらない男の気分。

「あー。いや、これでギターを弾くと–」

 言いかけたタイミングで、四五六が更に尋ねる。

「へえ、どこの?」

「え…どこって えっと…」

(いや、俺も知らないけど…)

 アオは、ちょっと戸惑って考えて、気取った気分を失わないように努めて、答えた。

「いや…どこの国のでもいいんだけどさ…! まー、アレだ? これでオレ、ギター弾いてるんだよな、最近」

 オレ格好いい!

 というオーラ全開で、言いたいことが言えたアオ。

 気分は最上級だ。

「へえ。でもそのコイン、なんかデカくて弾きにくくね?」

 言われて、一ドルコインは少年の小指ほどの大きさがある。

 ついでに厚みもそれなりだ。

「こ、このサイズが良いんだよー! 指にフィットっていうの…?」

「へえ」

 と自慢しても、特別な関心も無いらい四五六は、お菓子を食べ続けている。

(いや四五六、もっと感動ってか オレを尊敬しろよ!)

 無関心らしい幼馴染に、アオはちょっとイラっとしてきた。

「ま、まー それにアレなんだよ。やっぱり音? コインで弾いた音って、オレにはちょっとシックリ 来る 的な感じ?」

「へえ、そんなモンか。アオって結構、本格的なんだな」

(そうだよ四五六よオレの幼馴染よ! オレが聞きたかったのはそのセリフなんだよ…っ!)

 一ドルコインでギターを弾く自分を想像すると、超絶に格好良い。

 気分は、外国のコンサートホールで一人演奏する超一流のミュージシャン。

 自尊心を刺激されて、逆に謙遜してみたり。

「ま、まーな…まー俺も、まだまだ初心者なんだけど–」

 また四五六が、割って尋ねてきた。

「でもなんで外国のコイン? 手に入れるの 面倒じゃね?」

「え、あ、いやー…」

 実際、外国旅行から帰ってきた従兄が、ポケットに残っていたコインをくれたから、手に入ったのだ。

 ついでに。

(あのアーティストがやってるから…なんだけどさ…!)

 そんな事は恥ずかしくて言えない。

「いやー…アレだ…このコインが 良いんだよ…音の深さが違うってゆーかさー」

 震えながら、冷や汗がダラダラなアオ。

「え、さっきどこの国のコインでもいいって言ってなかった?」

「ま、まー良いんだけどさ…やっぱアレ? なんて言うか…」

「五百円玉とかじゃ ダメなの?」

「ご、五百円玉…」

 五百円玉でギターを弾く自分を想像すると、なぜかTシャツ姿で、コミカルでしかない。

(外国のじゃないと、格好つかない感じだろ!)

 言葉が曇るアオに、幼馴染が鋭く推察。

「あ、もしかしてあれ? 外国のアーティストが使ってて恰好良かったから、マネしてみたとか?」

「っ–っ!」

 真実を突かれて、アオ一瞬は、息を呑む。

「ち、違うわ! コインは音が…っ!」

「って言うかさ、ギター専用なのって、ピックじゃね?」

 アオはビクっとなる。

(なんでお前がそういう事 知ってるんだよ!)

「ピ、ピックは、ほらー…薄い分だけ、録音用っていうの…? 音が…軽いん だよ…」

「へえそっか」

 四五六は、また特別に興味もなさそうに、お菓子を食べ始めた。

「で、何か弾いて聞かせてくれるの?」

「!」

 アオはまた、ハっとなる。

(しまった…! コインを自慢したい一心で、ギターがほとんど弾けないの、忘れてた!)

 アオの顔面に、冷や汗が流れる。

「ん?」

「き、今日は、アレだー…まだその、音の調整がさ…」

「え? じゃあなんで ギター持ってきたの?」

「ギ、ギターと、コインと、オレはー…い、一心同体…だから…? ははは…」

「へえ」

 アオの必死な返答にも、やっぱり特別な関心もなさそうな四五六だ。

「ま、聞かされたところで、音の良し悪しなんて 俺には分かんないけどな」

 幼馴染の言葉に、アオは心底から胸を撫でおろす。

「ま、まー…音楽ってのはそういうモンだよ」

 ホっとして、脚の上に乗せていたジュースを開けて、一口飲んで、また足の上に置く。

 バランスが悪く、置くのにもちょっと気を遣う。

「ジュースさ、こっちのブランコに置いたら?」

「ん? あー、大丈夫」

 また一口飲んでいると、公園に見知らぬ女子たちが歩いてきた。

「!」

 アオは、チャンスとばかりに気取って、組んだ足の上にジュースを置くと、これ見よがしにコインを親指で弾いて見せつける。

「ふふ…あわわ!」

 しかし弾いたコインは左側にそれて、女の子たちの前に転げ出た。

 アオはコインを追いかけようとして、足の上のジュースを落とし、靴が汚れてしまう。

「あああ…!」

 女の子たちは、そんな少年を見て、ちょっと驚いた様子だ。

「あ~あ。何してんだよアオは」

「うう…」

 格好悪い場面を、女の子に見られてしまった。

 恥ずかしくて気落ちするアオ。

 そんな少年に、女の子の優しい声が聞こえる。

「はい、これ」

 女の子が、コインを拾って手渡してくれたのだ。

「え…えっ!」

 女の子から手渡し。

 学校でのプリント以外、初めてだ。

「どっどっ…どうもありがとーーーーーっ!」

 震える手で受け取りながら、アオは顔が真っ赤で、涙が浮かぶ。

 コインを手渡すと、女の子たちは特に気にする風もなく、話しながら去ってゆく。

 アオは、惚れ惚れとしながら、女の子たちを見送っていた。

 手の中のコインをジっと見つめて、何かを思うアオに、四五六が尋ねる。

「どした?」

 アオは、やる気な表情から、まるで勝利者にでもなったかのような、勝ち誇りの感激笑顔。

「俺っ、ギターやってて良かったーーーーーーーーーっ!」


                         ~終わり~

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