第十二話 村にて

村へと馬車を乗り入れると、俺が現場監督していた空堀の作業は村の三分の二ほど終えていた。

空堀は村を中心にぐるりと囲むように掘り進み、最後には河川から水を引き入れ水を貯める予定だ。

外敵の侵入を防ぎ、火災の時などにも使える防火水槽として備えておくために。

「大将! お帰りになられやしたんですね。どうでやした?」

村の人達と休憩していたギドが俺に気づいて歩いて来た。

「ああ、バッチリだ。資金と医者を連れてきたぞ」

「そうですかい! やりやしたね!!」

「これからだ。これからこの村を強く大きくする。それにな、俺はこの村の代官を任された。だからこそ余計に頑張らないと」

「だ、代官ですかい?!」

「そうだ」

俺は馭者席から飛び降り、着地する。

「好きに開拓していいとの仰せだからな。お言葉に甘えて開発させてもらうさ。それよりも、荷物を下ろすのを手伝ってくれ、食料とかを買い込んできたからな」

「わかりやした!」

シリウスが、集会場の隣に増設した高床式倉庫へと馬車を移動させていく。

高床にした理由は、湿気や害獣対策だ。

この世界には今の所ビニールなどの石油製品は無い。

家屋が駄目になる要因の一つとして湿気がある。

地中内の水分が蒸発し水蒸気が木材に付着し乾燥する事なく、断続的に水蒸気を浴び続けることによって木材が腐り、そこからシロアリが侵入し家屋をダメにする。

資材が限られている中で、こういったものの建て直しはとてもリスキーだ。

次に害獣だが、主にネズミだ。

せっかく買って来た食料をダメにされてはかなわないし、何よりネズミのノミにはきおつけておかなくてはならない。

14世紀ヨーロッパで大流行したあの黒死病と呼ばれ恐れられ大量の死者を出したペスト。

ペスト菌を保菌するネズミやげっ歯類からノミを介して感染。

感染したヒトや動物の排泄物、傷口や粘膜を介しての感染。

また飛沫によって感染し、当時は致死率六十パーセント〜九十パーセント、そんな伝染病だ。だからこそ、この異世界でもウィルスや伝染病などの類が発生した場合はもう村を捨てて逃げるしかなくなる。

抗生物質やワクチンなど今の文明力では到底作れないだろうからね。

「な、何ですかい! この子供の数は!? まさか攫って・・・」

荷物を下ろそうとギドが荷台のホロをめくったところであった。

まあ驚くよなぁ。

でも言って良いことと悪い事ってあるんだぜ。

「んなわけあるか! この子達は医者・マルティナさんの子供達だ」

「本当ですかい?」

ギドはシリウスを見るが、無表情で返す。

「あたいはマルティナってんだ。あんたは?」

そうこうしていると荷台からマルティナさんが降りてきて、ギドの前まで歩いて行く。

「あっしは、ギドって言いやす。以後お見知り置きを」

「ふーん。いいねあんた・・・」

マルティナはギドの腹筋に指で触れながらそんなことを言っている。

あ、なんかギドが嬉しそう。

まさかマルティナさんのドストライクな男だったとは・・・

「その骨格と筋肉。ちょっと解剖したくなってきちまったよ」

えーと。

それって頬を赤らめて言うセリフかな?

あ、俺の聞き間違いか。

「え”・・・じょ、冗談でやしょ?」

「あら、あたいは生まれてこの方、興味があることを冗談で言ったりしないね」

マルティナさんの人差し指が腹筋からギドの下顎を撫でる。

「マルティナさん。これでもギドは、うちのメンバーの中核的な存在なんだ。そうやすやすと腹を掻っ捌かれても困るよ」

「ほほう、そうかいそうかい。悪かったねギドっち。あたいも少しからかいすぎたようだ」

「ははは、ホント勘弁してくだせぇ」

ギドは苦笑いを浮かべながら、本当に勘弁してほしそうであった。

「あーーー!! リオン姉! おかえりだっちゃ−!!」

「ブッホ!!」

突然の衝撃に倒れそうになるが、なんとか踏ん張り体制を起こす。

「とりあえず飛びつくのをやめなさい。はしたないから」

そう諌めていると、カミュールはマルティナの存在に気づき、俺の後ろに強引に隠れた。

「リオン姉、リオン姉。この人は誰だっちゃ?」

「なぜ俺の背中に隠れるんだお前は」

「いや、なんかこの人の雰囲気がちょっと苦手だっちゃ」

そういえば昔から、変な人見知りの仕方をする子でした。

「ふーん。あたいはメルティナってんだ」

そんな隠れたようで隠れていないカミュールの目の前まで行き自己紹介するが・・・

「カミュールっていうっちゃ・・・」

カミュールは俺を中心にメルティナさんから反対方向へと逃げ身を隠す。

そんなに苦手ならもっと離れれば良いのにね。

「よろしくなお嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんってあんただって、あんまり年は変わらないように見えるっちゃ」

「これでもあたいは七十は超えてるねぇ」

カミュールはバッと顔を上げ、メルティナさんに人差し指を突き出す。

「リオン姉、こいつ嘘つきだっちゃ! こんなピチピチで意地悪なババアがいたらおかしいちゃ!」

「言ってくれるじゃないか。これでも昔は・・・ああ、若返っているからか。そうだねぇ、あたいはそこのリオンに体をメチャクチャに弄ばれてね。こんな可愛い見た目になっちまったのさ」

「り、リオン姉・・・」

「そんな目で見るんじゃありません! メルティナさん! カミュールの反応がかわいいからってからかわないでやってください! 本気にしちゃうから!!」

「いいじゃないか。可愛いものを愛でて心のうるおいってぇのを取り戻してぇのさ」


夜。

「さて、みんなに報告がある。聞いてくれ」

俺は男爵様からこの村の代官を任されたこと。

復興に必要な金を用意できたこと。

それから、道具を仕入れて来たこと。

そして、この村に来てくれた医者・メルティナを紹介する。

「メルティナさん。挨拶してくれる?」

俺からそう呼ばれたメルティナさんはその場ですくっと立って姿勢を正す。

「あたいはメルティナだ。医者をしている。リオンには命を救われた縁もあってこの村に来た。よろしく頼む。もし怪我した時や体調が悪い時には、無理しないで必ずあたいのところに来てくれ、以上」

そう短く区切ると、子供達の輪の中へと戻って行った。

「というわけで、医者が村に来てくれたが、気を緩めずに今後も復興を進めていきましょう!!」

そうして夜は更けていった。


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