第九話 串焼きと孤児

 シリウスのドローンの反応を追ってたどり着いたのは、いつ崩れてもおかしくない屋敷だった。

 ここはブラブの街にある貧困街だ。

 怪我で働けなくなってしまったり、病気で借金を抱えここに流れ着いたり、そもそもがスラムで育った者もいると言われている。

 男爵様もどうにか出来ないかと考えを巡らせていたが、妙案が浮かんでいないのか問題はそのままになっている。

「ようやく追いつめたぞ、串焼き」

「いい加減意地汚いです、っとマスターリオンに苦言を呈します」

 うるさいよ。あげたなら諦め付くけど、奪われたら流石に・・・ねぇ!?

 業腹ですわ!

 俺は窓越しに中の様子を伺った。

 ベッドに寝ている年配の女性を中心に二十人ほどの子どもが群がっていた。

「先生死んじゃやだ!」

「お母さん!!」

「なんで、なんで先生が死なないといけないんだ!!」

 あー・・・とても串焼きかえせや! とか言える感じではないんですけど。

「今すぐ突入しますか? っとマスターリオンにお伺いします」

「んなわけないだろ。はぁ、ちょっと玄関から入って女性の容体を確認して、助けれるようなら助ける」

「それでこそマスターリオンです」

 シリウスはまたブサイクに笑う。

 本当にお前笑顔苦手すぎるだろ!

 ガチャリとドアが開き、俺の串焼きを持った男の子が部屋へ入ると女性の元へと駆け寄る。

「先生! これ、食べて元気出してよ!! まだまだ俺たちには先生が必要なんだ!!!」

「ウィリック・・・あんたって子はまた。人様から物をとって来たね!」

 先ほどまで死に体だった女性は大声をあげて、男の子の頬を叩く。乾いた音が辺りに響いた。

「あんたはうちの子だ。このマルティノの子だ。だからこそ、誇りを持ち気高く生きろと教えたはずだ!」

「・・・ハイ」

「人様に迷惑をかけてまで、あたいは生きたくない。ウィリックこの串焼きは元あった場所に返して来な! あんた達もいいね!? あたいが遠くない未来死しても人の物を盗むな、人を騙すな、人を侮るな。この三つの事を約束しな!!」

 女性は言い終わるとひどく咳き込み血を吐いた。

「先生!!」

「死なないで!」

 近くにいる子供達が女性に駆け寄る。

 その心配そうな顔を女性は見つめて引きつった笑顔を浮かべた。

「あたいは死なないよ。大丈夫だ、お前達が独り立ちするその時までは・・・」

 女性は気を失ったのか倒れ動かない。周りにいる子供達が揺すって起こそうとするが反応がない。

 これはまずいな。

「行くぞシリウス」

「マスターリオンの御心のままに」


「う・・・あなたは?」

 女性・マルティノ? が目を覚ました。

 俺は彼女の額に置いていたタオルを取り替える。

「おお、起きたのか、でもまだそのまま寝ているといい」

 タライの中の水にタオルを浸して絞り、また彼女の額にのせた。

「子供達は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。俺の連れが見てくれている。今は安静にして寝ている方がいい」

 俺はそう言い残し、席を立って部屋を出た。

 あちこち老朽化が進んでいるが、住めないほどでは無いようだ。

 床を軋ませながら歩き、到着したのは笑い声が絶えない大きな広間。

 そこではシリウスが絵本の読み聞かせをしていた。

「おお! ソナタがこのガラスの長靴をはいた娘か!」

 なんかいろんな童話が混ざってんな。

「なんであなたがそれを持っているの?! まさかあなたが、大魔王!!」

 もはやなんの童話かわからないが、俺はそのまま台所へ向かうことにした。

 体調を崩してからというもの、食事を取っていないと言うことは聞いていたので、彼女のための食事を作ることにする。

 そのためにも食材の調達は必須と言える。

「シリウス、俺は一度ウェールズ商会へ行って食料と馬車をとってくる。そのついでに追加の食料手配をしてくるから少し時間はかかるかも知れないが、後は任せたぞ」

「了解しましたマスターリオン」

 俺は廃屋を後にした。


 俺は再びウェールズ商会へと向かう頃には、すっかり日が暮れていた。

「オリガさん。遅くなってすみません」

「あら、大将さん思ったより遅かったね。お代をもらっていた商品は荷馬車にもう積んでいるわよ」

「ありがとう、オリガさん。じゃあこれ追加分ね、これは明日の朝には取りに来るから準備お願いします」

 商品リストをカウンター越しに手渡した。

「はいよ。準備しておくからね。今日はブラブに泊まるのかい?」

「はい」

「じゃあ、夜出歩かないようにね。最近人攫いとかも多いから」

「そうなの?」

「ええ、最近夜は何かと物騒でね。男爵様のお膝元でそんな事しているなんて考えられないだろ?」

 ああ、怖い怖い。と大きな体を抱きしめながら怖がっていた。

 もしかして昼間のアイツらだったのか?

「そうだ、オリガさん。腕の良い医者か鍛治職人を知らないかな?」

「お医者様に鍛治職人か・・・評判がよくて腕が良いのは貧困街を拠点に活動していた帝都から来たお医者様だね。金を持っていない者からは治療費は受け取らない。その上しっかりと治してくれるって有名だね。でもね、最近はとんと見かけなくなっちまったね」

「よその街に行ったの?」

「いんや、何でも病に掛かっちまってるって、もっぱらの噂だよ。何だろうね・・・必要なとされている人間ほどあっという間に死んじまうなんて、やるせないね」

「そうなのか、名前とか分かる?」

「名前は確か、マルティノとか行ったかねぇ、確かそんな名前だったと思うねぇ」

 へー、良い人材じゃないの。

 これは是非うちの村に来ていただこう。

 その為にも彼女を死の淵から救い上げないとな。


 俺はオリガさんに明日来るように伝えて馬車を走らせ、シリウスがいるあの屋敷へと戻って来た。

「何があった?!」

 目の前に広がる光景は凄惨なものだった。

 屋敷の周りには多くの柄の悪い男達や薄汚い男達が股間を押さえながら、呻き転がっていた。

「た、球が!! おれの球がアァ!!」

「痛え、痛えよ!!」

「あの女あ、悪魔だ、」

「まだ喚き散らせる元気がありましたか、そうですか、潰れていませんでしたか。やはりマスターリオンの様に球潰しの極意を持った者の教えが必要であると痛感します」

 いや、うちのメイドは何しての?

 それでなに、その両手に持っている麺棒。

「さあ、まだ襲って来る気概がある球があるならかかって来なさい。ワタシがそのことごとくを潰して差し上げます」

 なにやらキメポーズを披露する始末である。

「さあ、かかって・・・あ」

 シリウスはどこから襲われてもいい様に、ぐるりと右から左へと視線を巡らしていると、バッチリ俺と目が合ったのだ。

「ご、ゴホン。えーとお帰りなさいませマスターリオン少し掃除をしておりました」

 シリウスは何事もありませんでしたと装うかの様にお辞儀をして、俺を出迎える。

 うん。ノリノリだったもんね。

 恥ずかしいのかお辞儀をしたシリウスの耳が赤く染まっていた。

「それで? この男達はなに?」

「人攫いの集団です。っとマスターリオンにワタシの奮闘も一緒に報告申し上げます」

「うん。よくやったね。エライエライ」

「ワタシの褒め方がとても雑です! っとマスターリオンに断固抗議いたします!!」

 その後、騒ぎを聞きつけた住民がブラブの守備隊へ連絡し、人攫いの集団を全員捕縛し帰って行った。

 俺は何事もなかったかの様に屋敷の中に入っていくと、子供達は二つの反応で出迎えた。

 それは怯える男の子と羨望の眼差しで見つめてくる女の子だ。

 男の子は広い部屋の壁際に並び、女の子は俺の周りに集まってくる。

「ねぇ、どうやったらうまく球を潰せるの?」

「不能にさせると世界は平和になるの?」

「どうしたら・・・」

 うん物騒だ。男だったらとてもじゃないが、こんな女の子とは安心して一緒にはいられないよな。


俺は子供達とマルティノの食事をシリウスと作り、彼らと共に食事をとった。

俺は一人で部屋で寝ているマルティノの元へジャガイモのポタージュを持って部屋へと訪れていた。

顔色は随分良くなっているな。

タオルを取り替えようとしていると、彼女は目を覚ました。

「起こしてしまったな」

「いいえ、いいのよ。ありがとう」

「起きれるか? 飯を作ってきた」

「う・・・いらないね。あたいじゃなくて、子供達に食べさせておあげ」

「そう言うと思ってもう食べさせた後だよ。これはあんたの分だ」

俺はポタージュを木製のスプーンですくい、熱を冷ましてから彼女の口へと差し入れた。

「美味しい・・・」

「そうだろ。もっと食べろ。食べて体力をつけて早く良くなって子供達を安心させてあげてくれ」

「ありがとうね。でもこんなに良くしてもらっても、返せるものなんてあたいには無いよ」

「俺はあんたの噂は聞いている。あんたは医者なんだろ? なら俺が管理する村に来て医者をしてくれないか?」

「ふ、打算ずくかい。でもあたいはそう長くはない。それでも良いのかい?」

「来てくれるなら大歓迎だ」

ポタージュを食べ終え、空になった器を持って俺は部屋を後にした。


マルティノは先ほどまでいた少女の事を考えていた。

面白い子だった。

子供達を助け、自分を助けてくれた。

でも、この体は病に蝕まれている。

残された時間はさほどない。

それなら、彼女の村に行くことも良いかもしれない。

「なんだいこりゃ・・・」

自分の体が黄色く発光し始めたのだ。

あの村の再来である。

しかしそんなこととは知らないマルティノは・・・

「そうかい、あたいにもお迎えが来たのかい。ごめんね。恩返しする前にあたいは死んでしまうようだ。ありがとう、心やさしき子よ」

そう言い残し、マルティノは深い眠りに落ちていった。

その後に起こった奇跡をリオンが知るのは次の日の事である。






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る