第二百二十六歩
「思ったよりしんどいね」
あの話から一週間後、僕と三河君は保護者を説得するべく家庭訪問を実施。全部で四十件近くあるものだから移動だけでも相当なもの。
「全般好感触で良かったよ」
三河君の言う様に、大概の家庭では暖かく迎えてくれた。
最初の一週間で千賀君と笹島さんがクラスメイト一人一人に話し掛け、旅行話を全員に浸透させる。となれば彼等は家に帰り次第保護者へその話を持ち出す。子供だけで海外だなんてと不安に駆られる親も当然出てくるだろう。そこでこのインチキブローカーの登場である。
ここで一例をあげよう。
とある家庭での一幕。
「そんなの無理です」
「まぁまぁ奥様、御子息の将来を見据えての経験値を自ら稼がせようとの目的が今回の旅行にはあるのです。生涯雇用の途絶えた今、他者の命令を受けなければ行動できないようでは来るべき日に置いて行かれるのは必然。そのような状況を回避する意味でも今回の話があるのです。同行する人生のベテランから教えを請い、共に乗り切ろうってのが……」
聞いていて寒気がした。相手に反論の余地を与える間もなく喋り続ける三河君の姿にどこぞの悪質訪問販売の姿がダブった。
「大丈夫です奥様。旅費及び食事の費用は全てこちらで持ちますから。露店での買い食いやお土産を買うだけのお小遣いだけ用意してあげればいいのです」
「あら、お小遣いだけでいいの? 本当にそれだけ?」
「心配だからと奥様も同行するのは可能です。……可能ですが、出来ればご遠慮願いたい。でなければ他の男子生徒の落ち着きが無くなってしまうので……なにせ奥様は魅力的なので、万一水着姿にでもなろうものなら……」
見る見る保護者の表情が変わっていくのが分かった。母親から一人の女性へと移り変わる様を見て、心底この男が恐ろしくなった。
「ほら熱田君、資料をお渡しして」
「あ、あぁはい。こ、こちらをどうぞ」
「このように……」
ここで僕をゴミッキーと呼ばないところがこの男の恐ろしい所。口では誰も叶わないのではとすら思わされてしまう。
本当に誰が言い始めたんだ?
三河君が人見知りだなんて!?
「奥様のハンコ頂きましたー! ほら熱田君、お礼お礼!」
「あ、ありがとうございました」
「アナタ達なら息子を任せても安心そうね。それと三河君、こんど一緒に食事にでも行きましょうね。二人きりで……」
このように、誓約書への判子を貰う為に一軒一軒回ったのだが、最初は戸惑ったものの慣れてくると少しだけ楽しかった。なんだか営業の疑似体験をしているみたいで。
因みに対父親の場合、三河君の対応は凄まじかった。
「あー、お父さん、これ以上はオタクの玄関先で話す事ではないですね。……そうだ! 続きは街にある高級クラブでどうですか? 料金に関しては相当にサービスできると思うのですが……」
「高級クラブってマジか!? あの店は一見様お断りで有名ではないか? そこにコネでもあるのかキミは? ……よし、支払いは俺がなんとかするから今度の週末辺り一緒に行こう! 分かっているとは思うけれど、母さんや子供達には内緒でな」
「その時に判子をお忘れなく」
とまぁ、こんな感じで父親全般を釣っていた。当然中には渋っていた者もいたが、そこは彼の得意なサブリミナル催眠術トークで次から次へと洗脳させられて行った。
「よしゴミッキー、この家でミッションコンプリートだ! さっさと帰ろうか」
女性は自らをエサに、そして男性は高嶺の花で釣り上げる彼の手法に、僕は薄汚れた大人の世界を垣間見ているような気がした。そしてそう遠くない未来にその世界へ自身を投じるんだと思うと、えも言われぬ不安に襲われるのであった。
そして僕は思う。男女とも手玉に取るこの男がもし風俗業界へと携わったのなら、とんでもない事態になるのではないかと。ある意味この男も”人間ハプニングバー”みたいだと。
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