第百十一歩


 「ささ、奥へとどうぞ」


 パンチ原に案内され、奥へ進む僕達一行。この間彼と五平先輩は終始ヒソヒソ話をしていた。

 

 途中、扉が開いていたから中を覗いてみると、場内は然程大きくもなく、中央まで迫り出している舞台らしきものが見えた。僕だけでなく、一般的にもあまり馴染みのないタイプだと思う。偶に家族で見るミュージカル劇場とは規模や設備が雲泥の差。そもそもストリップ劇場とミュージカル劇場を比べるのが間違いなのだが。


 「あんちゃん達は女性同伴だからこちらの部屋となっている場所で楽しむといいさ」


 原さんは何故か僕にそう説明し、舞台脇にある扉を開けた。 


 「スゲー! 全面マジックミラーじゃん! 外からだと全くみえねぇし」


 隠し部屋だ!

 確かにここなら一般席からこちらが一切見えないだろう。しかし舞台からは仕切りも何もなく向こうからも丸見え。まぁ、特等席で間違いないのだが……。


 「ここは本来特別な客しか入れないんだぞ? 僕に何か言うことはないか?」


 貴賓室とまでは呼べないモノの、それでもこの場所が特別なのは脳みそが臭豆腐な僕でも理解できる。ここは素直にお礼を述べるとするか。


 「さんありがとうございます」


 僕が言葉を口に出すよりも速く治村さんがお礼を述べた。なぜか原さんのみに。

 このままだと五平プレートが大跳ね返りを起してしまいそうだったから慌ててフォロー。


 「さ、さすが先輩っスね!」


 「あ、ありがとうございます五平先輩!」


 以心伝心、僕の心が伝わったのか千賀君のほうが先にフォロー。一歩出遅れはしたものの、僕も上辺だけのお礼を伝える。それに比べ……。


 「…………」


 女性陣は全員口の無いマネキンのよう。治村さんを除いてお礼どころか言葉すら口にしない。しかもその表情は非常に厳しい。


 「座席は舞台に沿って四座席の前後2列しかないんで、とりあえず前の席は堅物……」


 その瞬間、五平先輩が指さしたのは、なんと伊良湖委員長!

 悲しいあだ名が決定した瞬間でもあった。

 ファイトだ美咲っち!


 「……イケメン茶髪に僕、そして跳ねっかえりな」


 今度は治村さんを指さした!

 でもそこは五平先輩の言う通りかも。

 きっと僕に対してのみ五平プレートより跳ね返りの衝撃が強いだろうし。


 「跳ねっかえりってなによもう! 先輩だからって言っていい事と……」


 治村さんが口答えしようとするも、すぐさま沈黙。なぜなら五平先輩が彼女を睨んだから。言葉に言い表せないグロい表情で。


 「……ォェ」


 委縮したのではなく、単にキモくなって黙っただけないつもの治村さんに安心したのと同時に、彼女がやり込められるのを見てちょっとだけ胸がスッとした。


 「ちなみに悪い意味で言ったんじゃないぞ? むしろ誉め言葉的なニュアンスだから」


 その意味が既に理解できない僕達は、五平先輩という人間が見た目だけでなく感受性も危険(違う意味で)だとこの瞬間理解した。


 「もういいわ」


 治村城落ちる!

 野武士五平に打ち取られたり!


 「マジメとかわいこちゃんは後ろの好きな場所に座ればいい」


 こうして強制的に座席を決められた僕達。仕方なく後部座席端へと腰を下ろした僕だったが、笹島さんは隣一つ飛んだ席へと座ったのだった。てっきり横に座ると思ったのに……。


 「ではもうすぐ始まるんでごゆっくり」


 「ありがとね原さん」


 キリキリパンチはショーの手伝いがあるようで、僕達が座席に座ったのを確認すると何処かへ消えて行った。


 「いいかお前ら、これから観るものをイヤらしく捉えるんじゃないぞ? 社会勉強の一環と思って集中するように」


 とは言いつつ、五平先輩はニヨニヨ不気味な笑みを浮かべている。本当に気色悪いから一々振り返らないでほしい。


 エブリデイエブリタイムキモキモだなんて、勘弁して下さいよ五平先輩ってば!


 

 そして場内が一瞬にして闇へと包まれ、間を置かずに古めかしいブザーが鳴り四方八方の壁へと反響しはじめた頃、いよいよショーの幕が切って落とされた。


 

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