第百九歩


 その朗報(悲報)は突然やって来た。

 

 {ブルブルブル……} 

 

 ウナギで満たされた僕達一行。三河君を探す旅に出るなどとの戯言を口走ったにもかかわらず、誰もが次の行動コマンド入力待ち状態のまま店の前で立ち尽くすといった愚行をやらかす。そんな時、僕のスマホが突然ブルい始めた。現状を打破したそれは、救世主と呼ぶにふさわしく、相手が誰だったかの確認すらしないで速攻出てしまった。


 「熱田今どこ?」


 声の主は治村さんだった。

 逆鱗に触れぬよう細心の注意を払う。


 「”したまち”に……」


 「”下町”だって? 私等も今でっかい提灯のある”下町”にいるから大至急来るように。いいな!」


 こちらの意見など一切聞かないと言わんばかりに自分が言いたいことだけ口にすると一方的に切られた。完全に勘違いしていると思うのだけれど……。

 

 ふと気付けば、女性から普通に連絡がある僕のスマホ。

 以前の僕では考えられなかったが、慣れてしまえばなんてことはない。

 そもそも世間一般ではこれが当たり前なのだし。


 「どうした熱田?」


 「いやね、今、治村さんから連絡があって、僕等が天丼食べた場所の近くに大きな提灯が吊るされた門みたいのあったじゃない? そこへ大至急来いって……」


 「オイ」


 話が途中なのに例の先輩が介入してきた。眉間にシワを寄せまくりの超絶キモい顔顔で。


 「今の電話女からだろう?」


 キモ!

 マジでキモ!


 「えっと……以前先輩と商店街の喫茶店へ行った時に一緒だった女子のうちの一人からです」


 五平先輩の顔色が明るくなった!

 でもキモイのは変わらない!


 「今から大至急集合場所へ行くぞ! ほれ、ハリーハリィッ!」


 理由も言わぬままに僕と千賀君の手を握ると突然走り出した五平先輩。その手はなんだかネッチョリしっとり気持ち悪い。


 「ちょ、先輩待って……」


 「早くしないと電車に間に合わないぞイケメン!」


 「マジっすか? ってか、先輩どうして電車の時間知ってるんスか?」


 「時刻表は僕の友達だから全てのダイヤが頭の中に入ってる。どんなマイナーな地方の電車でもだ! あと、三河もかろうじて友達だな」


 時刻表が友達って。なんとキモイ表現なのだろうか。普通に電車オタクでいいのでは?


 五平先輩に従って走ること五分、本当に隣接する駅から出発する電車に間に合った。それによって他の人が迷惑を被ることもない。なぜなら周りの人々は走る五平先輩を中心に蜘蛛の子を散らす如く逃げて行ったからだ。彼等の気持ちもなんとなく理解できるが、五平先輩の名誉を守る為、この場は黙っておくとしよう。

 

 ちなみに元々少ない乗客のせいもあり、僕等の乗っている電車は貸し切り状態。

 ……本当に少ない乗客のせいだろうか?

 うーむ。


 「ねーねー先輩、やっぱ女子いるからテンションアゲアゲなんスか?」


 「男女平等などと世間はぬかしているが、僕に言わせれば男は永遠に婦女子の下僕であるべきだ」


 女性上位と遠回しに言っているのだろうか?

 それにしてもキモいな。


 「だから女子からのお誘いに遅れるなどあってはならぬ!」


 だらしなく緩んだ口元がプロの変質者を連想させる五平先輩の表情に僕と千賀君もドン引き。そりゃこの車両から人がいなくなるはず。


 訂正訂正、この際ハッキリ言わせて貰おう。

 この車両に僕達だけしかいないのはアンタがキモイからだ五平先輩よ!

 勿論心の中で叫んだのは言うまでもない。


 この数分後、電車が目的地に到着すると、またしても全速力で治村さんの待つ大提灯の門へ向かう僕達であった。


 

 もうヘロヘロなので走るのは勘弁して下さいよ五平先輩ってば!


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