第百七歩
「遅いんだよお前らっ!」
巨大ウーハーから絞り出されたような階層全てに響く超低音な怒鳴り声は、キモくて寒くて激しく虫唾が走ったという。それはまるで冥界から届く人間界を恐怖に陥れようとするサタンの咆哮。いや、知らんけど。
「モ、モッチ……五平先輩!? 先輩がどうしてここに!?」
そこにいたのは見た者全てに瞬間全身総毛立ちの状態異常攻撃を仕掛けてくる魔獣……ではなくて、赤楚見高校創立以来の暴君と恐れられるあの五平先輩であった。
その先輩が外観イカツい見知らぬ男性にアキレス腱固めを決めている?
しかもその隣にはガタガタ震える女性が?
この状況は何?
「お前もういいや。それとそこの女、命拾いしたな。この続きはそこにいるマジメ野郎と金髪にするからもう行っていいぞ」
解放された男性は足を引きずりながら連れ合いである女性と共にこの場を去って行った。
「まぁ、あれは彼等が悪いわな」
「確かに俺も女ならあの女性と同じ態度を取るわな」
「そりゃ(チラッ)ねぇ……{視線は五平先輩のなんとも言い難い顔面へ}」
同時に散り始める野次馬軍団。意外や意外、人々は口々に五平先輩を擁護する。僕等が見た限り、暴力で物事を解決する最低人間のようだがナゼ?
「アイツら、僕を見るなり露骨に嫌な顔をしやがって……しかも男の方は突然腹めがけて蹴りを放って来たんだぞ? まぁ、避けて逆にその足を取り、関節を決めてやったんだけれどな。ったく、首都圏の治安はどうなってるんだ?」
なんとなーくだけれど、彼等の気持ちも少し分かる気がする。僕だって情報ゼロの状態で初対面ならば間違いなく五平先輩に嫌悪感を示すと思うし、ましてやそっち系の人達なら排除する為武力に頼るだろう。
『なにアイツ? 超キモいんだけれど?』
『だな。俺に任せておけ。掃除してきてやるわ』
的なやり取りがあったのだろう。見た目キモいだけで攻撃力ゼロの五平先輩なら余裕と思ったのがそもそもの間違いだと気付かないままに。
つまり、これが先程起きた全容に他ならない。……と思う。
「だいたいお前等はなんだ? 僕を待たせていいのは美しい女性だけだぞ!」
矛先が一瞬にして僕達へと向けられた。確かに悪いのはこちらだから何も言い訳が出来ない。
「そもそも三河君たちもすぐ行くって言ってたのに一向に来る気配がないって……」
この話を聞いて僕はピンと来た。
五平先輩は三河君に騙されたんだなと。
「あ、あの先輩、ちょっといいっスか?」
「あぁん?」
「三河なら来ないっスよ?」
顔面の血行が良くなり、見る見る赤くなっていく五平先輩。このまま脳の血管が破裂してくれないかなと思ったのはナイショ。
「複数の女性に拉致されて夜まで解放して貰えないって本人から連絡あったし」
「なんだと!? 電話ではお前らが複数のかわいこちゃんを連れてくるからうまくやればハーレム形成できるって……」
話の内容から確信した。やはり三河君は五平先輩より立場が上で間違いない。だけど年齢が下の三河君のほうが立場が上なのは未だ謎のまま。
「あ、あの、先輩どうしてここにいるんですか? 学校は?」
そもそも今日は平日で僕達以外の学年は授業があるはず。それなのにこの場にいるのはなぜだろう?
「有休だよ有休! 別に有松先生に脅されてるんと違うから!」
有松先生?
僕達とは違う校舎の同学年何れかの担任をしている有松先生のこと?
いよいよ謎が深まったな。
それに有休ってなんだ?
アンタは会社員か?
「おいマジメ、あんま深く考えるなよ? このまま幸せな高校生活を送りたいんであればな」
三河君と非常によく似たニュアンスの警告を口にする五平先輩。言われなくてもこれ以上三河藪をつつく気はない。それこそ出るのは蛇でなくもっと恐ろしいものだろう。
「それより先輩、俺達三河から強力な助っ人を送るって言われてここへ来たんっスけど、それって先輩のことでおけ(ok)?」
「強力な助っ人だと?」
五平先輩の表情が柔らかくなってきた気がする。よいしょに弱いのだろうか?
それならば僕も……
「三河君が五平先輩に全て任せておけば何も心配する事ないって……ああ見えてとっても頼りになるからと」
「頼りになるだと?」
右の眉が上がった!
手ごたえアリアリだ!
「お、おい熱田、あいつそんな事言って……うぷっ!」
空気の読めない猪武者千賀君が軍師である僕の計略を台無しにしてしまいそうだったから慌てて彼の口を塞ぐ。
「そうかそうか。三河君もやはり見るところは見てるんだな。そこまで言われたのならば仕方がない、僕に任せておけ!」
かかった!
単純明快なんとも分かりやすい!
ニヤケて喜んでいる姿のなんたるオゾマシイことよ!
古から言い伝えられている妖怪の姿でもそこまで不気味ではないぞ!?
「おっし、お前ら、腹減ってないか? 今からウマいもん奢ってやるからついてこい!」
「ハイッ!」
「ウィッス!」
なんとなく五平先輩の使い方が分かったような気がした僕だった。
おかげで上手い具合に遅刻を誤魔化せたよ三河君ってば!
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