第百六歩


 「おいおいおい、遠いじゃねーか! おかげで予定より随分遅れたぞ?」


 あまりの大きさで近くに見えたタワーだったが、歩いてみるとコレが結構遠い。


 「途中途中のお店に立ち寄って買う気もないのにアレコレ見ていた千賀君のせいじゃんか!」


 よくもまぁあんな事言えるもんだなとある意味感心させられる。


 「そんな興奮すんなよ熱田。おかげで都会の文化にふれあえてお前自身のスキルアップにつながっただろ?」


 「あ、うん、まぁ」


 悔しいがそこは彼の言う通りかも。

 陽キャの彼は店に入るなり店主らしき人物に接触、まずは自己紹介を兼ね、店頭に並んだ様々な商品を見て回る許可を取り付ける。


 不思議な魅力で店主を懐柔すると、改めて商品を手に取り、疑問があればその場で質問。これがまた的を得ていて聞かれた店主の方も待ってましたと言わんばかりにイキイキ説明を始めるのだ。僕としては正直面倒くさいと思うこともしばしば。


 その時彼は僕に小声でこう言う。


 (おっさんの話しよく聞いとけよ熱田。んでホテル帰ったらレポート作製な!)


 そうなのだ。

 これは生徒に与えられた試練の一つ、”今回は遊びじゃないからね! あくまでも課外授業の一環だからね! ”的な課題の解決策でもあった。その内容とは……。


 「そうなんだよ坊主! この辺りは昔履物で有名でな、その名残が……」


 このように聞いてもいない情報がポンポンと店主の口から飛び出してくるので、これらをスマホで全て録音し、後でまとめればはいいだけ。労力を要さない容易なレポート作成術”千賀君の口車作戦”とでも名付けようか。


 こんな感じで結構な数の店を訪問させられるハメとなってしまった。こうして今に至るってワケ。

 遠く感じる以上に疲れたよもう。


 「ここのレストラン街だっけ? 早速エスカレーターで上へあがろう」


 「そうだね。どんな人が相手か分かんないけれど、これだけ遅れたのならきっと怒っているだろうね」


 普段は温厚なこの僕でも約束の時間から2時間近く待たされたとなれば堪忍袋の緒の切断待ったなしだ。それが他の誰かともなれば……ハァ憂鬱だなぁ。


 ――――――――


 「6階にはいなかったな。それにしても誰がいるんだろうな?」


 レストラン街は6階と7階の二階層に分かれていて、言うなれば下がリーズナブルなお店で上が少々値が張る感じだろうか。

 6階を隈なく探して回るもそれらしき人物に遭遇する事は無かった。となれば後は上の階しかない。こうして僕と千賀君は今、更に上層階へと向かうエスカレーターの上にいた。


 「キャーッ!」


 もうすぐ上の階へ到着するといった場面でどこからか聞こえてくる悲鳴。しかもそれは明らかに女性のもの。


 「おい熱田、なんか上騒がしいぞ?」


 「だね。でも慌ただしく人が走りまわっているなどの緊迫した感じはないよね?」


 直後、7階へ到着する僕と千賀君。エスカレーターから降りてまず最初に辺りを見回した。するとある店の前に人だかりが。


 「おい、ちょっと見に行こうぜ」


 先程の悲鳴はどうやらそこから発せられた模様。それなりの人が集まっているものの、やはり緊迫してはいないようだ。


 「ちょ、すいません」


 人混みをかき分けて奥へと進む千賀君の後ろを小鴨のようについて行く。冷静に考えるとなんだか情けない。


 「いたたたたっ! 悪かった! 悪かったからっ!」


 先程とは違い今度は男性の悲鳴が聞こえてくる。コレは一体?


 「許してほしければそこの女を……分かっているだろう、な? これ以上は僕の口から言わせるなよ?」


 悲鳴の男性とは違う男の声が聞こえる。その文句はまるではぐれ任侠者のよう。それにしても気持ち悪い声だな?


 「なんだこの虫唾の走る声は……あっ!」


 やはり千賀君も同じことを思っていたようだ。僕としても少々安心する。と同時に彼は何かに気付いたようだ。


 「どうしたんだい千賀く……うおっ!」


 少し遅れてその場面を目撃した僕もつい声をだしてしまう。なぜならそこにいたのは……。


 ったくもう、シャレにならないよ三河君ってば!


 


 

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