第百四歩
「なに店の前で勝手なことやってやがんだオラァっ!」
どこからどう見ても堅気とは程遠いその劇場員らしき人物は、パンダの手にしていたプラカードを取り上げ地面へと叩きつけ、更にはAV女優たちの前にある立て看板を蹴り倒してこう言った。
「お前らどこのモンじゃい! こんなにナメられたのは初めてじゃいっ!」
怒鳴り声で凄むクリクリ頭の男。その勢いに震え上がる僕達とは逆にAV女優の後ろにいた一人が、
「あら。そんな汚いもの舐められるワケないじゃない」
と煽る。となれば当然……
「ななななななななんだとワリャアァァァァァッ!」
ひえぇぇっ!
「もう、うるっさいわねぇ。後は頼んだわよ愛ちゃん」
愛ちゃん?
どこかで聞いたような名前。
それと聞き覚えが有る様な無い様な色気漂う美声にも……ハテ?
「上等だオメーらっ! 今から……うおっ!?」
キリキリパーマの男がAV女優に襲いかかろうとした瞬間、彼女の後ろから目にも留まらぬ速さでなにかが飛び出した!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ! いてててててててっ!」
あまりにも一瞬のことで何が起きたのかが分からなかったが、今目の前ではマッチ棒で巻いたのかと思う程に細かいパーマの男が悲鳴を上げているのだけは理解出来た。
「ほら皆! 今のうちに散るのよ! ハリィハアアアアアリイィィッ!」
(なんだその間抜けな言葉使いは? 三河君かよ?)
美しいだけではなくスタイルも抜群な長身の女性は、ベリーショートなアフロ風ヘアの男の後ろ手を取り、ガッチリ関節を決めている。
僕は知っている。
あれは猛烈痛いヤツだ!
「ナイスです愛様! 後はお任せを!」
そこへ先程プラカードを取り上げられたパンダの着ぐるみがやってきて、グルグルパーマの後ろ手を取っている綺麗な女性と入れ替わった。
「それじゃあ宜しくね垂香ちゃん! ホテルで落ち合いましょう!」
「アイアイサーッ!」
なんとも間抜けな。
緊迫した状況なのに吹き出しそう。
「テテテテテメーッ! は、放しやがれっ!」
しかしそれも束の間、今度は違う緊張感が場を包む。
「黙れオラァッ!」
(ゴキッ!)
「うがっ!」
今捩じったぞ腕!
しかも変な音がしたし!?
もしかして本当に折った?
「おーお、痛かろう痛かろう。なにせ関節を外してやったからなぁ」
一瞬で関節を外しただって?
何者なんだろうこのパンダ?
しかも声からするに間違いなく女だぞ?
「ついでに……こうだっ!」
(ゴキャグキャッ)
阿弥陀如来像と同じ髪形の男が首を捩じられた!
一瞬一回転したようにも見えたが……いや、きっと見間違いだろう(と思うことにした)。
{ドスン}
釈迦の髪形を真似たような頭髪の男は糸を切られたマリオネットの如くその場へと崩れ落ちた。どうやら気絶したようだ(まさかな……)。
「それでは皆さんごきげんよう!」
パンダはこちらに向かい投げキッスをしたかと思えば、今度は拳銃から弾き出された弾丸の初速よりも速くこの場を去って行った。一体何だったのだろう?
「なんだか凄かったね三河く……!?」
この出来事を共有する為に三河君へ話を振ろうとしたのだが、そこに彼の姿は無く、あるのは口を開けた間抜け面で固まった千賀君の姿だけ。
「だ、大丈夫千賀君!?」
「あ、ああ。なんか呆気にとられちまってよ……それにしても凄かったな」
一大イベントが終了した事もあって、その場をぐるりと囲んでいた野次馬連中も一人、また一人と姿を消し、その場に残されたのは爪楊枝で巻いたのだろう細やかなパーマ頭の男と僕達二人のみ。もっとも、コテで煙が出るまで焼いたであろうグリグリ頭の男は口から泡を吹いて横たわっているワケだが……。
「せ、千賀君、僕等もこの隙に逃げようよ! これ以上トラブルに巻き込まれるのは御免だ!」
「お、おうよ!」
こうして僕と千賀君もオリンピック代表のスプリント選手が霞むような死に物狂いのカタパルトダッシュでこの場を離れたのであった。
おいおいこれからどうすればいいんだ僕達ってば!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます