第百三歩


 「ったく、次は千賀君が払ってよね!」


 コイツ等ときたら迷うことなくエビ四匹頼みやがってからに。支払った当の本人がエビ二匹しか頼んでいないのに少しは遠慮ってものをだなブツブツブツブツ……。


 「流石に都会だなー。近所の商店街とは規模が違うな」


 布袋屋を後にした僕達は、千草寺周りの商店街を散策することにした。縦横無尽に走っている道路へ軒を並べる多種多様な店舗。客を逃がすまいと威勢のいい掛け声で商品を売り込む店主たち。活気のある雰囲気に触発されて普段買い物に無関心なこの僕ですら好奇心が揺さぶりまくられる。


 「お、これなんかキューちゃんに似合うんじゃないの?」


 三河君が手にしているのは、なんと桜吹雪の入れ墨をあしらった長袖のTシャツ。僕を外国人観光客かなにかと間違えていないか?


 「誰かさん達の昼食を支払わなければ余裕で買えたけどね!」


 嫌味を言ってやった。偶にはこれぐらい言ってやらないと彼等の為にもならないと思うし、なによりも僕自身が悔しいから。


 「わははは! 言うようになったねぇキューちゃんは。最初に会った頃と比べたら口数も多くなったし」


 それは皆に慣れて来たからだよ三河君。今でも初見の人物ならばやはり以前と同じように口籠ると思うし。


 「それよりほら、あっち見てごらん。イケメンが何やら大量に買い込んでるよ?」


 今どき小学生でも買わない観光土産の変な置物を複数個購入している千賀君。あんなもの貰っても誰も喜ばないと思うけれど。


 「楽しいねぇ」


 ご満悦な三河君。千賀君の間抜けな行動になのか、それとも今現在の心情を吐露しただけなのか。ちなみに僕はどちらも楽しいと付け加えておこう。


 燥ぎながら散策していると、少々人通りの少ない場所へ出た。行き交う人はほぼ全て男性。


 「競馬かぁ。俺達未成年だから馬券買えねぇしなー」


 千賀君の言う通り、そこには場外馬券売り場があった。一時期からすると格段に競馬を楽しむ人間の質が向上したのは確かだが、やはりダメそうな輩もチラホラと見受けられる。まぁ、他人の趣味に口出しする程僕は偉い人間ではない訳で、言うだけ野暮ってものか。そこにいる三河君なんて聖人君子のまるっと逆を地で行っているのでは?


 「ん?」


 妄想で三河君をディスっている最中、突如先頭を歩く千賀君の足が止まった。それもそのはず、急に人が増えて道路を塞いでいるではないか。


 「なんだ? なんかのイベントか?」


 どこか懐かしさを感じるレトロなピンクの看板を掲げた見るからにエッチな店らしき前に何やら人だかりが。


 「ちょっと確認してくらぁ」


 行動力がある千賀君が人混みの中へと飛び込んでいった。


 「集まってんのはむさ苦しい男ばっかりだなぁ?」


 「どれどれ、僕も……!?」


 千賀君に続き人波をかき分け奥へと進む僕と三河君。すると少し前を歩く三河君が急に立ち止まった。


 「あれ? どうしたのさ三河く……!」


 僕は三河君の顔を見て驚いた。見る見る青くなっていく彼の顔に、血の気が引くとはまさにこのような状態なんだなと。それにしても前方でなにが行われているのか。三河君を心配しつつ、もう一歩前へと踏み出し漸く人混みを抜けたその先で僕を待っていたものはなんと小さなパンダ。


 『ストリップ劇場 ミリオン座』


 店のキャラクターなのか、着ぐるみのパンダが手にしたプラカードにはそう記してあった。更に詳しく見ると、有名AV女優が来店、サイン会を行うとも。

 そう、人だかりはストリップ劇場の前でサイン会を行っているAV女優見たさに集まった野郎共だったようだ。


 (しかし三河君の顔色が悪くなったのはなぜだろう? もしかして人混みに酔ったとか?)


 AV嬢なるものは映像処理で加工されて美しくなっているものだとばかり思っていたが、サインをしている女性は違った。生で見てもあり得ないぐらい美しいのだ。それでもやはりAV女優だと思わされたのは着ているセーラー服に多少なりとも違和感があったから。


 (高校生にあの化粧はないわー。確かに綺麗な人だけれど、それにしてもケバすぎるんと違う?)


 幾分年齢が高い彼女の存在が一層AV女優感に真実味を帯びさせる。しかしそれを上回る違和感がそこにはあった。


 「となりのねーちゃんも今日出るんか!」


 ギャラリーの一人である無粋な小汚い男が今言ったように、女性はセーラー服の彼女だけではないのだ。その両脇に一人ずつ、更には後方に複数人が。しかも両脇の女性に至ってはセーラー服の人より遥かにレベルが高いではないか。そりゃ男どもはイヤでもこの場所で足を止めるだろう。


 「いつもと違うメイクアレンジしやがってあいつら……、これまでやけにおとなしいと思ったら」


 ブツブツと呟く三河君だったが、その姿は病んでいる陰キャそのもの。ちょっとだけ怖い。


 「コラコラコラーッ!」


 そんな中、店の奥から大仏パーマ姿の見た目極悪人が怒鳴りながら表へと出てきた。サイレンスの魔法をかけられたかの如く一瞬で静まり返る野郎共と同じく僕と千賀君も口にチャックをする。弱肉強食最下層である僕達の本能がこの人物に逆らってはダメだと体を硬直させたのだ。開けたシャツの胸元から時折チラリと顔を出す先程のTシャツに描いてあったような絵が、更にリアルな恐怖へと僕達を誘った。


 頼むから騒ぎを起こさないでおくれよ三河君ってば。


 

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