第百二歩
「少しでも楽しい時間を皆と過ごせますように」
「オッパイに顔を埋められますように」
そこへ行くと千賀君はミスター標準とも言える男特有の願いをする。しかし声に出さなくともいいのでは。
「イケメンは欲望の塊だねぇ」
「いや、三河こそジジィかよ? まるでもう直ぐ死ぬみたいじゃん」
それだ。
僕達はまだ社会人予備軍で人生のスタートライン辺りをうろついている状態だけれど、三河君のお願いはまるで定年退職を迎え、これから第二の人生を歩むおじいちゃんの意気込みと同じように感じる。
「深い意味はないよ」
少し悲し気な表情を浮かべる三河君。その言葉に込められた意味は一体……。
「そろそろ昼じゃないか? なんか食おうぜ」
一瞬滞った空気となったが、千賀君がそれを容易くぶっ壊す。なる程、彼みたいな能天気で何も考えていない人間がいるとこのような場面で役に立つと一つ勉強になった。正直助かった。
「僕天丼がいい! イケメン店探して。んで支払いはキューちゃんで宜しく」
「おうよ!」
「えっ!?」
(天丼ぐらいならいっか。たまに行くチェーン店だとそんなに高くないし)
奢られる気満々の三河君。お金がないと言っていたからある意味仕方がないけど、このまま彼の財布となるのは勘弁してほしい。
「えっと、この近くに有名な店があるみたいだな。そこ行こうぜ」
「オッケー!」
欲望の一つ、”食欲”に支配された僕達三人。千賀君じゃないけれど、確かにお腹が減ってきた。
「ところでイケメン、なんて名の店?」
「ちょっと待ってな。場所含めてもっかい調べるから」
スマホの画面そのままにしとけよ使えねぇなと思いつつもそれは絶対口にしてはいけない。けれど三河君ならストレートで言いそう。
「なんか楽しいな。やっぱり旅は同年代だよね」
マジか!?
三河君なら間違いなく毒を吐くと思っていたのに!
彼以上に自己中でイライラ全開の自分が本当に恥ずかしい!
これまで僕とて友人とこのような旅行はしたことがない。以前三河君に誘われて行ったバンガロー旅行が初トリップだったし。今だって楽しいかと聞かれれば胸を張ってハイと答える。仲間がいるといった心強さと同じ時間を共有することで得られる一体感、なによりもそこから生まれる会話がより一層旅気分に浸れるといったワケだ。
とはいえ、やはり男子だけでなく女子とも一緒に行動したかった。そうすれば更なる高揚感を得られるのは間違いない。まぁ、これまでの三河君を見れば必ずしもそれが正解とは言い難いけれど……。
「あったあった! 店の名前は”
「布袋屋って結構な有名店じゃん。ゴマ油で揚げた天ぷらが美味しいんだよねー。僕行ったことないけれど」
「行ったことなにのに知ってるんだ三河君は。テレビの情報番組とかで見たの?」
「いや、僕にもわかんないや。でも不思議と味が想像できるんだよね。まるで食べた事あるような妙にリアルな味が……」
三河君は脳に障害でもあるのではないのだろうか?
実際食べたことがあって忘れているだけなのでは?
そうこうしているうちに店の前へと到着。まだ昼前だというのに観光客らしき数人が情報誌を手に並んでいた。
「いやぁ悪いな熱田。三河だけでなく俺の分まで払ってくれるなんて……本当に大丈夫か?」
順番待ちをしている人向けに置いてあるメニューを手に取り、パラパラと捲りながら呟く千賀君。大丈夫とはどういう意味なのか?
「ちょ、ちょっとそれ見せてよ」
僕はイヤな予感がして千賀君からメニューを受け取ると同じようにパラパラ捲る。そこには驚愕の事実が!
「一番安いヤツが千六百円だってよ。アザーッス!」
「キューちゃんゴチ! あ、僕エビ四匹のやつね」
フザケンナよお前等!
特に三河!
いつかブッコロス!
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