第百一歩
「あっ三河!」
「見つかった!」
朝食を済ませ、店を出るや否や速攻海道君に見つかる僕達三人。しかし風はこちら側へと吹いていた。
「おーお、仲の宜しいことでんなお二人とも」
「な、なんだよ? なにが言いたいんだ三河?」
そこには海道君だけではなく、彼の腕に絡みつきながら隣へと佇む新瑞さんの姿もあった。となれば三河君だけではなく、僕と千賀君も同じことを思うのは当たり前、一晩で相当親密な仲となった様子が伺える。つまり……
「結婚おめでとうございます。それと大正エビが帰ったらすぐに保健室へ来いって憤ってたよ。ご愁傷様」
「なっ! お前まさか!?」
三河君は毎度意味不明のオフザケを言いながら僕のポケットの中へ手を突っ込むとスマホをかすめ取り、
「はいはーい、笑って天狗」
{パシャ}
と二人の写真を撮る。
「んでこうしてこうっと……はい終了! スマホありがとキューちゃん」
画面には電話帳が開いており、僕の知らない名前が複数追加されていた。どうやらその内の誰かへメールを送ったと見える。
(ABって誰だろう?)
心当たりが全くないABなる人物へ送ったようだが、写真をやり取りするならSNSを使えばいいのにと思う。どうしてメールなのだろう。
「よし、敵の撃沈に成功せり! 行くよみんな!」
海道君はその場にひれ伏し全く動かなくなってしまった。よく分からないけど相当なダメージをくらった模様。この時彼の尻ポケット辺りを中心に終始ブルブル振るっていたのが妙に印象的だった。
「それと、悲願成就だね天狗。小さい時からの想いも報われたのと違う?」
三河君はウインクしながら新瑞さんにそう言った。すると彼女は、
「ありがとう! もし何か困った事があればいつでも私を頼っていいから!」
驚いた。あの強情で可愛げのない上から目線が当たり前な新瑞さんが三河君に対してお礼を口にしたぞ。ハッキリ言って今まで起きた出来事の中で一番に値するぐらいの衝撃だ。
「なにがありがとうなんだ? 意味わかるか熱田?」
「新瑞さんの願い事の一つに対し、三河君が何か力添えしたんじゃないの?」
そもそも意味不明の会話を口にする三河君がとる行動全般に置いて説明不能なのは当たり前で、僕とて彼等の話す内容を一切理解できていない。だから新瑞さんの願いが何だったのかも当然分からずじまい。
「そういうとこだよキューちゃん。まぁ別にいいけどさ」
なぜか呆れた口ぶりの三河君。僕なんかしたっけな?
「んじゃ早速頼み事しちゃおっかなー。僕達これから出かけるんで彼女達をなんとかして」
またしてもウインクをする三河君。その意味を汲み取ったのか、今度は新瑞さんが投げキッスを返し、
「任せておいてよ!」
と返す。いや、やっぱり意味分からんし!
「これで障害が一つ減ったから楽になったな。……ほら、折角天狗がああ言ってくれてるんだから行くよ二人とも!」
この時、海道君はまだひれ伏していた。正確には正座した状態で両手を前に出し、そのまま伏せるお祈りのような恰好で意識を失ったようだった。しかも新瑞さんが彼を椅子がわりに座り時折組んでいる足を組み直すものだから三河君の視線がそこから離れられないでいる。女性慣れしているはずの三河君なのに、新瑞さんのパンチラに釘付けな様子がまた何とも奇妙な光景で笑わずにはいられない。しかも海道君のお尻は現在進行形で未だにブルブルと振動しているワケで……。
「ププ」
その間抜けな姿に僕はつい吹き出してしまう。タイミングがズレはしたものの同じことを思ったのか、千賀君も同様に噴き出した。
「ブブッ」
これで正気を取り戻したのかあの男は僕達の緩んだ口元を見ると冷静な口ぶりで、
「明日は我が身だよ二人とも」
と悟った賢者目線で釘をさす。先程まで同レベルだったくせに。偉そうな三河君とて所詮僕や千賀君と同い年、数々の経験に基づいたものでは決してないはず。確かに僕達よりかは女性の扱いに長けているかもだがそれだけ(のはず)だ。多少(相当数)の名だたる経済界の大物を知っているかもだが誰だってそのような知り合いの一人や二人身近にいる(探せばきっと)。そりゃ巨大企業の会長や社長様の知り合いこそいないものの、この僕だって商店街に店を構えるご主人の……?
……えっと、考えれば考える程にマジで偉いんだな。
ここまでくると嫉妬を通り越して惨めだよ。ハァ。
まったく、この差はなんなんだよ三河君ってば!
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