第九十四歩


 あれから僕達は場所を変え、現在はホテル最上階にあるスカイバーへと来ていた。お酒の提供されるこの店では僕達のような二十歳未満など門前払いとなるのが当たり前で、なぜそれが許されているのかというと、三河君の持っている例のマジックアイテムがここでもその効力を発揮したから。


 「ちょ、ちょっと、私達場違いじゃない? 普段着で来る場所と違うでしょココって?」


 意外や意外、一番の動揺を見せるのは新瑞さんであった。いつもの中世貴族を思わせる偉そうな態度とはまるっと180度違って。


 「他の皆にはなんらかのソフトドリンクを、んで僕は異国のエールをお願いします」


 三河君はカウンターの一番奥に腰掛けると直ぐドリンクメニューを手に取り、早々店員さんへと注文を伝える。僕達金魚の糞も彼の隣から順番に腰を下ろした。


 「あと、端に座る女性にはこのってのをお願いできますか?」


 「畏まりました」


 三河君の口から出る呪文の意味が一切理解できない僕でも、ソフトドリンクの意味だけは分かった。


 待つ事数分、僕達全員の前に飲み物が並べられるも、これまで一切の会話無し。ニヤニヤ薄笑いを浮かべる三河君以外は緊張で頭に何も思い浮かばない僕達一般人。


 「こちらピンクグレープフルーツのフレッシュジュースです。お客様には当店自慢のを」


 先程までオロオロしていた新瑞さんだったが、バーテンダーの進めるを口に含んだ途端、


 「美味しい!」


 しかし同時に他のメンバーからは、


 「クサッ!」

 「オエッ!」

 「ムグッ!」

 「プププ」


 阿鼻叫喚の声が!

 但し、約一名を除いて。


 「なによみんな! 本当に美味しいんだからねコレっ!」


 彼女は鼻がパーなのだろうか?

 もしかしてこの激臭が分からない?

 バーテンさんも鼻を手で押さえているし!


 「……これなんなん? 三河お前知ってるんだろ?」


 海道君は新瑞さんの前にあるクラスを手に取り刺さっているストローからチューっと一飲み。


 「!」


 新瑞さんの顔色が見る見る本物の天狗に変化!

 激オコの予感!?


 「これって……もしかしてドリアンか?」


 「ご名答! ブラザーはイカ……生臭いだけでなく青臭いのにも詳しいんだね!」


 「だからブラザーってなんだよ三河? それにイカ臭いって言わなかったか?」


 本当に何を言っているんだ三河君は?

 言葉の意味が繋がらなくて関係のない僕まで少しイラついてきた。


 「そんなことより東、お前やっちゃったんじゃないの?」

 

 「ん? どーゆー意味だよ?」


 「純な天狗ちゃんが東との間接キスで今にも口から心臓が飛び出しそうなんじゃない?」


 「なにっ!?」


 こうしてうまく話をすり替えられた海道君。きっと毎回こんな感じで彼のおもちゃとなっていたのだろう。友人とはよく言ったものだな。

 

 (……チュー)


 それはそうとして、真っ赤な顔で無言のままストローでドリームジュースを吸い込む新瑞さんは、なんとも健気で可愛らしいな。


 「お前ら付き合っちゃえよ。メーには僕から上手く言っておくから」


 「そうだな。知らない仲じゃないし別にかまわないけどよ……コイツにその気があるのならな」


 マジですか?

 その冗談は通用しないよ?


 「そ、そこまで言うのなら仕方ないな。ど、ど、どうせ誰にも相手されないだろうから私がつつつつつ付き合ったげる」


 あさっての方向を見つめて額にダラダラと意味不明な汗をかきながら唐辛子よりも真っ赤な顔で答える新瑞さん。彼女の性格上、海道君はこっぴどく振られるかと思ったのだが、普段とは少し違うアダルティックな雰囲気の中、CPUがバグったようで三河君の提案を素直に受け止めた。


 マジじゃんか!

 カップル成立じゃんか!


 「逃げ口実は聞かないからな東。観念しろよ」


 「えっ!?」


 その表情から冗談だからとでも言いたげな海道君だったが、モジモジイジイジかわいい仕草を見せる新瑞さんに意思が固まった模様。


 「んだよお前ハメやがったな? まぁいつまでも叶わぬ恋を追いかけてても仕方がないしな。でも、騒ぎ立てるのはガラじゃないからここにいる皆の秘密にしといてくれよ」


 「オッケー!」


 新瑞さんも同じ考えだったのか、彼女は真っ赤な顔のまま、ただコクコクと頷くだけだった。

 それにしても叶わぬ恋って一体……。

 

 

 次の日今回同じ組だった生徒全員にその事実が伝わったのは言うまでもない。

 マジかよ三河君(犯人)ってば……マジかよ。


 


 

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