第九十三歩


 「いいと言うまでそのままでいろ!」


 僕達はロビーの隅っこで三人仲良く正座させられていた。


 

 あの後暫くの間、ロビーで今宵の出来事を語り合っていた僕達だったが、興奮で声のトーンを間違ったようでホテル関係者から教師へと連絡されてしまった。

 ところが、意外や意外、駆けつけたのは担任の中伝先生のみで、他の先生方は一切同行してこなかったのである。


 「本来ならお前たちに色々良い目を見させてもらっているから見逃してやりたいのだが、教師といった立場上、ルールをはみ出した他の者への見せしめもあって仕方なく罰を受けてもらう」


 先程のお叱り声とは違い、正座している僕達へ顔を近づけた先生はヒソヒソボソボソ呟くようにそう言った。


 「あとな、適当なところで自分たちの部屋へ帰ってもいいからな」


 中伝先生はそれを伝えると、僕達を置き去りにして早々に部屋へと戻って行った。


 「ありゃ部屋では相当にハメを外しまくっているな? でなきゃこんな甘い罰で済む訳がないや」


 三河君の人間洞察力は鋭い。それをこれまで幾度となく目の当たりにしてきた僕。とはいえ、頬を紅くしだらしなく緩んだ口元で僕達を叱咤した中伝先生を見れば、ハイパーニブチンの千賀君でも理解できることなのだが。


 「マジ力男りきおの機嫌が良くて助かったぜ」


 「力男ってなんだよ千賀君? あの先生の名前ってりきじゃなかったっけ?」


 「…………」


 千賀君だけでなく、三河君も僕をジト目で見つめる。

 どういうことだ?


 「説明させたらイケメンが可哀想じゃん。キューちゃんはもっと空気読まなきゃ。よりのが語呂が良いんでそう呼んだんでしょ? 別に深い意味は無いのと違う?」


 「……あぁ、フォローサンキュー」


 そんなんわかるか!

 逐一説明してくれなきゃ陽キャの感性など持っていない僕に伝わるワケないだろう!

 正真正銘僕は陰キャなんだよ!


 「でもまぁ、今夜は人生ランキングトップを飾る程楽しかったぜ。ありがとう三河」


 お礼を言われて照れるどころか少し表情が曇った三河君を僕は見逃さない。だが、その理由は恐ろしくて聞けないのもこれまた事実。この疑問は永遠と心の奥にしまっておくとしよう。


 適当なところで帰ってもいいと言われつつも会話に花が咲き、正座のまま盛り上がる僕達三人。

 そんな中、どこからかヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


 「お、おい押すなよ? 見つかったら俺達もだぜ?」


 聞いた事ある声に僕達は会話を一旦止め、全神経を耳へと集中。


 「ちょ、どこ触ってんのよアンタ! シネッ!」


 {ドガッ!}


 「うわっ!」


 鈍い音と共に柱の陰から大きな物体が転がり出た!

 

 「海道だ!」

 「海道君?」

 「イケメンの兄貴じゃん!」


 一人おかしなことを口走ったがここは敢えてスルー。

 それにしてもどうして彼が?

 騒がしくとも教師が出てこないのを確認したのか、柱の陰からもう一人出てきた。


 「まったくもう……先生いたらアンタぶっ殺すとこだったから!」


 「天狗じゃんか!」


 同時に三河君の口から災いが飛び出す。

 そう、一緒にいたのはなぜか新瑞さん。


 「黙らっしゃいっ!」

 

 {パンッ!}

 「あひぃっ!」


 すぐに三河君は張り飛ばされた。

 その間の絶妙な事!

 

 「ププ」

 

 「フフ」


 僕と千賀君はこの夫婦漫才を見てつい吹き出してしまう。


 「ところで三河、イケメンの兄貴ってなんなん? 俺が千賀の兄貴ってこと?」


 「兄貴のように懐の深い東ってことだよ! あんま気にすんな!」


 「あ……あぁ、お前がそう言うなら。なんか釈然としないけど」


 正直あの言葉は僕も気になっていたが、対象者が千賀君だったから拘らなかった。もし僕だったならばもう少し追及していたのかもしれない。


 「それにしても酷い顔ねアンタ。パンパンじゃないの?」


 そこへ更に張り手をくらわしたのは新瑞さんなんだけれど。当然だが全然悪びれる気配もない。


 「お、お前三河、その唇の腫れ方は……」


 三河君の顔を見て自身も真っ青な顔となる海道君。もしかして以前にも同じような事があったのだろうか?


 「東! それ以上は言うな、それ以上は……」


 三河君は海道君の鼻先で掌を広げてそう言った。そして……


 「ちなみにキューちゃんは木頃きごろ(昨年の級友)の弟だから」


 「マジか三河! マジか……」



 本当にどういう意味なんだよ三河君ってば!?


 

 

 


 

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