第九十一歩


 「若いんだから早いのは仕方がないわよ」


 人間十七年、非喪失のうちを比ぶれば、夢幻の如く。

 僕はこうして大人の階段を一歩上った。


 「あのお兄ちゃんに宜しくね。では縁があればまた……」


 全てが終わった今現在、僕の目はまだ閉じたまま。

 なぜなら行為の途中、そろそろ回復しそうと彼女に報告したところ、だったら念のためにと瞼へ半練り状のクリームを塗りたくられ、これがまたスースーするのなんの、目を開けるどころの騒ぎではなくなってしまったのだ。


 その行動はこの場で起きた出来事をビジュアルとして一切記憶させないようにと思えて他ならない。場所もパンチパーマのアレも露出狂の女性も全てモザイク無しで脳のメモリーへと記録したのだが、その先は音声のみしか録音されていないのだ。

 

 となれば、見られて困る、いや知られると困るなにかがあったのではと勘ぐってしまうのも当たり前で、それにより好奇心といった分かりやすい勢力が僕の中で大きく膨れ上がったのだった。

 少しでも情報をと彼女へさりげなく探りを入れるも全てガン無視されたあげく、これまで経験した事のない気持ちよさから早々にフィニッシュを迎えてしまったチェリー久二とは何を隠そうこの僕に他ならない。バスケ選手もビビるぐらいの速攻により得られた情報は皆無といったなんとも情けない結末を迎えるハメとなってしまった。

 

 そんな中、せめて彼女の口にした”あのお兄ちゃん”が誰であるかだけでも知る為に回りくどい物言いを止めて率直に尋ねることとした。


 「あのお兄ちゃんって?」


 「ゲロ温泉で私を励ますために殿方を紹介してくれた……あ、これ社長に口止めされてるんだったわ。そんなワケでこの話はこれでお終い。それじゃあね」


 そこまで話すと彼女は足音と共に消えていった。

 そして入れ替わるタイミングを見計らったように今度は逆方向から違う女性の声が近づいてくる。


 「おーにさんこちら! 手の鳴るほうへー!」


 「ちょ、真っ暗で何も見えないから怖いって! ケロちゃんどこよ?」


 千賀君の声だ!

 ケロちゃんとは彼が相手した女性なのだろうか?

 そして僕と同じく未だに視界を奪われたままのようだ。


 「あら、お疲れ様。ターキーさんの方はもう終わったんだ? こっちも早かったけれど、アナタの方が爆速ね。例えるならばイケメン君が烏の行水でキューちゃんはカーレース時のピット作業ってところかしら?」


 おいフザケンナよ?

 目が見えていたらブッ飛ばすところだぞ!?

 確かにピット作業は速さが命だけれどアレが早いのは究極のマイナス評価と違うか?

 

 「お、なに? 熱田はもうそこにいるのか? お前の相手はターキーさんって言うんだ?」


 それまで千賀君が何処にいるのか分からなかったが、今この瞬間、隣の席へと腰を下ろしたようで、僕にまで伝わった振動がその証。


 「私は支店長に呼ばれているからもう行くね」


 「おうマイハニー! きっとまた来るぜ」


 彼女もまた、ドタドタ激しい足音と共に消えて行った。


 「チキショー、きっといい女だったんだろうな! 最後まで目が見えなかったのが残念でなんねぇわー!」


 ゾッコンではないか!?

 いくら今回が初めてな僕とてそこまで相手の女性へと入れ込んでいないぞ?

 顔すら知らないのだぞ?


 「千賀君はご満悦のようだね。相当なサービスを受けたの?」


 興味本位から何が千賀君をそこまでにさせるのか、彼自ら口を割るよう誘導してみた。

 

 「いや、目が見えないんで基本マグロ状態よ。熱田はどうだったんだ?」


 だが失敗して話題はブーメランとなりこちらへと突き刺さってしまう。


 「僕も一緒だよ。全部相手任せ」


 視界を奪われている二人はする事も無く、出来るのは会話しかなかったが、幸い今回の経験によりネタは豊富で、話下手な僕でも言葉が尽きなかった。

 そんな感じで暫らく二人で話し込んでいると、どこからか聞き慣れた女性の声がした。


 「はいはーいお疲れ様! 偶然とはいえがいて助かったわ。お二人のおかげで彼女達も生き生きしているし、若いっていいわねぇ」


 これに千賀君が反応。


 「あ、もしかしてヤマさんですか?」


 なぜか彼女を知っているようだ。


 「え、ヤマさん?」


 当然僕は彼女が誰だか1ミリも知らない。


 「一番最初にあった女性だよ。なんでもここの責任者らしいぜ」


 マジか!

 あの下着丸出しエチエチ痴女が責任者だと?

 この国はどうなってやがる!?


 「なんでもこの間までどこぞの温泉街にある店舗で働いていたらしいんだけど、今回首都圏へ出店するにあたり売れっ子の二人を引き連れて責任者自ら来たんだとよ」


 責任者があの美貌ってことは、売れっ子の二人はどんなレベルなのだ?

 聞くところによると千賀君の相手はムッチリミッチリ巨大オッパイのポッチャリタイプだったそうだが、やはりルックスは確認できていないとの事。それは終始視界を奪われていた僕とて同じ。


 あぁ、出来るならば瞼を引きちぎってでもターキーさんの御尊顔を拝んでおけばよかった!


 「私達の詮索はそれぐらいにして、タクシー呼んだからそれまで余韻を楽しんでいってね。私はまだ仕事があるからもう行くけれど、後は彼が面倒見てくれるわ」


 彼とはパンチ構成員だろうなきっと。


 「ではに宜しく言っといて」


 それだけ言うと、ヤマさんも足音と共に消えて行った。


 この後タクシーが来るまでの時間、僕と千賀君は体験した全てについて熱く語り合った。とは言っても、マグロ状態だから何もしていないんだけれど……。



 これって非童貞を誇ってもいいよね僕達ってば!


 


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