第八十九歩


 ―― 前回のあらすじ ――


 三河氏にそそのかされ、夜の街へと繰り出した我等友人三人衆。遊び慣れた僕こと熱田久二が適当なお店を選び彼等を引率する。

 そこで偶然だが、ここ最近なにかと縁のある広告代理店美宝堂幹部の宝石さんに出くわし、以前連れがそそうしたお詫びなどといった名目で支払いは任せてくれと嘆願、それならばと彼に全てを託す運びとなった。


 『メンバーズクラブ ゆかり』

 

 これが僕の選んだ店の名前だ。

 直感でピンと来た。


 そして店内に一歩足を踏み入れると、そこにはこれまで経験した事のない別世界が広がっていた。

 

 この場の誰もが着ている手の込んだ細工を細部にまであしらった衣服はこれぞ豪華絢爛ってな感じか。その上身に着けている装飾品の輝きが持ち主のセレブ感を1ランクも2ランクもアップさせる。ここはそんな紳士淑女が集うアダルテックでエロシティズム満載のいかがわしい雰囲気を漂わせた秘密の社交場で間違いなかった。

 

 妖艶な雰囲気に毒されて我を失った僕達も遅れてなるものかと言わんばかりにこれまで培った貴族故の優雅な振舞を披露、忽ちこの場の主役へと上り詰める。

 しかし楽しい時間は儚く、シンデレラにかけられた魔法の効果もじき切れそうとなったその時、僕は遂にここのナンバーワンを口説き落としたのであった。


 「さぁ行こうかお姫様」


 こうして僕と彼女は夜の闇へと消えて行ったのであった。


 ※全てキューちゃんの妄想に基づく嘘偽りです


 ――――――――――――


 「お客様、到着です」


 「こっ、この場所はっ!?」


 そこはピンクのネオン輝く妖しげな路地。道端には客引きと思われる胡散臭いおっさんがチラホラと。

 右を向けば”あわランド”、左を向けば”流行りのマッサージ”などとの青少年の好奇心をガッチリつかんで離さない数々の看板が先の見えない奥まで続く。

 

 そう、ここは所謂風俗街で間違いないだろう。問題はどうして僕がこの場所にってことだ。


 「ゴメンねキューちゃん。私がお相手してあげてもよかったんだけれどママに頼まれたから断れなかったの」


 いや、アナタがお相手して下さいよ!

 つか、ママに頼まれたってどういう意味?

 ていうよりオッパイ触らせてよとよねさんってば!


 そしてもう一つ問題がある。 

 今僕が車を降ろされた真ん前に聳え立つのは”あわ”や”マッサージ”などの看板が何処にも見当たらない一件の家屋。ごく普通とまでは言わないが、そこそこ大きな古臭い二階建ての一軒家なのだ。この場には不釣り合いな異質で存在感極まる木造建築だが、その造りからどこか懐かしい娼館を思わせる。しかも入り口前には先程のクラブと同じく用心棒らしき男性の姿があった。違うのは男性が外国人などではなく、その道を極めたかの大仏パーマをあしらっているのと、スーツを含め全身黒づくめだってことぐらいか。存在するだけでトラブルを引き起こしそうな威圧感丸出しの、そんな彼の姿がチキンな僕には何よりも大問題なのである。


 {キキーッ}


 内ポケットに鉛の弾を飛ばす鉄の塊を忍ばせているだろう異様なオーラを放つその男性へ両目が釘付けになっていると、僕の立っている場所から少し先でタイヤを鳴らしてタクシーが急停止。


 {ギャギャギャッ}


 かと思えばそのタクシーは一人の人物を降ろすと、逃げるようにこれまたタイヤを鳴らしてこの場を去って行ったのだ。


 「じゃあまた縁があったら逢いましょう。それじゃあねキューちゃん」


 「あっ、ちょ待って……」


 {キャキャッ!}


 先のスキール音が合図だったかのように、とよねさんを乗せたタクシーも同じくタイヤを鳴らしながらこの場を去って行った。まるで生贄を祭壇へ捧げた後、迫りくる恐怖へと自らを巻き込まれぬように……。


 「お、熱田じゃねーか! ウィーっス!」


 「あ、うん」


 そうなのだ。先程タクシーから降りた人物は千賀君たったのだ。そこから想像すると、目的地が同じなのに違うタクシーへと乗せられたのは、これから起こりうる悲しい出来事の前に少しでもいい目を見させる為と思えてならない。しかし今はグリグリパーマが思考の全てを占有し、それ以上何も考えられなかった。


 不安定な精神状態の中、知り合いが誰一人いない怪しげな場とはいえ見知った顔との再会により内心ホッとした僕と千賀君だったが、それは直ぐに打ち消される。


 {スタスタスタ}


 あのくりくりパーマの男性がこちらへ歩み始めたのだ。しかも相当な早歩きで!

 この恐怖は味わった者しか分からないだろう。

  

 迫りくるちぢれパーマの男に、ビビりの僕と千賀君は互いに抱き合ってブルブル身を震わせるのであった。



 一緒に震えてないでなんとかしてよね千賀君ってば!

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