第八十八歩


 「こ、この場所はっ?」


 どうしてこうなった!?



 ―― 三時間前 ――


 「さて、ガキん子の友人もいることだし、そろそろお開きとするか」


 「お会計お願いしまーす!」


 夢のような時間が過ぎ去る中、遂にその時が来てしまった。

 そう、お開きである。世間一般での終焉を意味するこの言葉をスジ者(たぶん)と思われる”タコ”さんが口にしたようなのだ。


 僕達のテーブルが王様ゲームで盛り上がっている最中、突然その時が訪れたのだ。

 僕と千賀君がその意味を今一つ理解していないのも当たり前で、しだらさん曰く、社会人以外にはあまり馴染みのない言葉なのだそうだ。


 「ぐっ! ここにきて初めて王様を引き当てたのに……」


 「残念だったわねキューちゃん。ずーっとあさひちゃんのオッパイ見てたけど、今日はおあずけね」


 とよねさんに見透かされている!?

 それ程までに僕は彼女の胸ばかり見ていたのか?

 確かに否定はしない。

 漸くその山へと触れられるライセンスを与えられたと言うのに僕ってやつはなんてついていないんだ?


 「そんな悲しい顔をしなくてもまたお店に来てくれればいいじゃない?」


 おいおい冗談ではないぞ

 この店は超高級店なのだろう?

 調度品や働いているお姉さま方の容姿レベルを見ればどんな愚鈍で世間知らずでもわかるはず。ましてや一般ピーポーな僕には成層圏より高いであろうこの店の敷居をくぐる機会などこの先永遠にないだろうと断言できるぞ?

 

 それなのに”またお店にきて”だと?

 就職する前から破産させる気かこの女はっ!?


 そんな中、あの男がパトロン御一行を引き連れてヘラヘラしながらこちらへとやって来た。


 「僕この後ジジィ達と野暮用があるから先帰ってて」


 すると、三河君の隣に立つチンピラの親玉と思しき”タコ”さんが続けてこう口にする。


 「お嬢様方よ、悪いけど彼等の面倒を見てくれんか?」


 意味ワカンネ。

 しかしこれだけはハッキリと分かる。

 そう、宴の終わり。

 なんとも儚い夢物語。

 これから普通の大学へ行き、普通の会社員となり、ごく普通の家庭を築く僕には二度と戻ってこられない煌びやかな夜の世界。


 「はぁ……」


 僕は無意識のうちに溜息をついた。

 この僅かな時間で自分の一生を垣間見てしまったのだから仕方がない。

 一般ピープルとは僕の為に作られた造語ではないかとさえ思えてくる。


 この時どんな顔をしていたのか分からないが、そんな僕を見て堕天使三河君は何かを思ったようだ。

 

 「ねぇママ、彼女達はもう上がっていいでしょ?」


 「えっ? さんとさん? まだ少し早いけれどがそう言うのであれば別にいいけれど……」


 三河君の言葉は何一つ気にならなかったが、ママの発言が妙に引っかかる。まさかとは思うが……。


  「そんなワケでキューちゃんは赤いドレスの人を送ってあげて。イケメンは青色の人ね。それと三時間後にはホテルへ帰ってこなきゃダメだからね。時間厳守でお願いします」


 年上のお姉さま方を高校生で頼りない僕達がエスコートするだなんてなんの冗談だ?  


 「ふーん、そうね。ならお願いしようかしら?」


 「とよねさんが上がるなら私もそうするわ。宜しくねイケメン君」


 もしかしてタコさんが先程口にした”コイツ等の面倒を見てくれ”とはこういった意味合いも兼ねていたのだろうか?

 社会経験未熟な僕には難解な暗号となり、そこから答えを連想するなんて無理ゲー極まりない。それでも疑似アダルト三河は理解していたクサイ。


 「オッケー宝石さん、彼等にタクシーチケットあげて。念のためね」


 「えっ!? ま、まぁ今日紹介して頂いた方々を考えるとそれも致し方ないかなと……」


 「よっ! 美宝堂のエース! その会社名義のカードで全て清算してクダサイ!」


 なんと調子のいい。この店だけでも結構な金額となるはず。その上送迎代までたかろうと言うのかこの悪魔は。


 「あ、それとママさんちょっといい? あのさ、ゴニョゴニョ……ついでに支払っといて……ゴニョ」


 三河君の怪しい内緒話。これまでの経験から僕と千賀君はなんらかのアクシデントに見舞われるのだろう。しかし予測不能な上に間違いなく回避は不可能で、子羊の僕達は彼の用意した罠に只黙って誘導されるのみ。決してそれは言い過ぎでもなく、良くも悪くもこれから記憶に残る……焼き付けるぐらい凄まじい経験をするのだろう。一生忘れることのできないトラウマモドキの出来事を……。


                         ―― 第八十九歩へつづく


 

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