第八十七歩


 「このコーラを一気に飲んだらあさひちゃんがチューしてあげるって!」


 「マジっすか!?」


 「ちょっとしだらさん、勝手な事言わないでよーもう! ……ほっぺだからねっ」


 「イィヤッホウゥゥッ!」


 楽しい。

 なんて楽しいんだ夜の街は!


 僕と千賀君は頬へのキス欲しさに、あるのかないのか分からない程に小さいプライドを躊躇なく捨ててコーラの瓶へと手を伸ばした。


 (グビグビッ……ゲフッ)


 「ざーんねーんっ! キューちゃんはお下品にもゲップしたからチューはありませーんっ!」


 「えっ!?」


 いや、一般人ならゲップするのが当たり前で一回ぐらいなら許容範囲内じゃないの?


 「イケメン君はご褒美ね! さぁあさひちゃんドーゾ!」


 「んもう、もう一度言うけどほっぺだからね」


 「アザーッス!」


 あさひさんが千賀君の頬へキスしようと顔を近づけた瞬間、あの大うつけが大声をあげた。


 「イケメンこっち向いてっ!」


 「えっ、どこ? 三河!?」


 {ブチュッ}


 あっ!

 やりやがった!

 三河君に呼ばれ、千賀君は咄嗟に声のする方へと顔を向けたのだ!


 「おーっ! まうすとぅーまうすっ! こんぐらっちゅれーしょんっ!」


 それはあさひさんの座る斜め後ろ辺りで、間違いなくこうなることを予測した三河君の行動。結果、千賀君とあさひさんはフレンチとはいえ口と口が合わさってしまったのだ。


 「おー、あさひちゃんだいたーんっ! んじゃあ私はほっぺにしてあげるねーっ!」


 負けじとしだらさんが千賀君の頬へ軽くブチュッと。もう、何が何だか……。一つ言えるとするならば、千賀君が羨ましい……いや、恨めしいのだけは間違いない。ぐぬぬ……。


 「イケメンラッキーだったね! ついでに赤いドレスの人にも接吻してもらったら?」


 ニヤニヤとイヤラシイ笑みを浮かべながら冷やかし交じりの冗談を口にするトラブラー三河。そこはほら、キューちゃんにもしてあげてぐらいの温情を与えてくれてもいいのでは?


 「あら、アナタはいいの? お望みならばディープでもしてあげるけど?」


 おい三河、命はまだ惜しいだろ?


 「あ、間に合ってるんで」


 とよねさんは席を立ち、三河君の近くへと足を運ぶもあっけなく空振り。彼女は恥をかかされて山火事の如く顔が真っ赤に燃え盛る。それは以前の治村さんが、事あるごと三河君に向けていた表情にも似ていた。


 (ゲキオコだ!)


 マジで噴火の五秒前、爆発させてはなるものかとかの男はすかさずフォロー。


 「そんな顔しないで僕の友達たちにもっとかまってあげてね。アナタほどの綺麗な人にチヤホヤされるなんてこの先二度とないだろうから」


 三河君はとよねさんの頬を優しく撫でながら囁くような声でそう言った。

 あれ?

 まさか口説いている訳ではないよね?


 「えっ……あ、あー、はい」


 とよねさんは三河君の顔を見つめたまま、どこか上の空で返事をする。気のせいか、顔はまだ赤いままだけど、先程とは意味合いが違うような? まさかな。


 「んじゃ僕は向こうの”棺桶予約済みチーム”に戻るから。イケメンもキューちゃんも楽しんでね!」


 三河君はニカッと白い歯を見せながらそう言うと、最後に一度だけパチリとウインクをして元の席へと戻って行った。


 「ハァ……なんか爽やかなコねぇ。あ、ホラ、席に戻った途端にママが抱き着いたわよ? チッ」


 頬を赤らめたまま、三河君を眼で追いつつ呟くとよねさんだったが、最後の舌打ちはあまりにも小さく、故に近くへと座る僕以外聞き取れなかったに違いない。


 そしてもう一つ、誰か僕にも口づけをしてくれっ!

 一言お願いしますよ三河君ってば!

 


 

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