第八十五歩


 「ようこそゆかりへ」


 入店するのに戸惑う事数分、腹を決めた千賀君が扉を開くと直ぐに美しい女性が声を掛けてきた。


 「アナタ方は彼のご友人ですね? こちらへどうぞ」


 傭兵崩れの外国人とは違い、柔軟で丁寧な対応をしてくれる素敵なドレスのホステスさん。まだ猫の額よりも遥かに短い時間しか経過していないモノの、誤解は解け、僕達が正当な理由を経てこの場所を訪れたのが伝わったようだ。


 「……」

 (ペコリ)


 途中、先程の傭兵外国人とすれ違うも、僕達がお客だと認識した途端手のひらくるっくるで深々と頭を下げる。そんな彼を見て、この店における従業員の教育の高さが伺えた。


 「それにしても広いな」


 小心者の僕よりは多少度胸があるであろう千賀君がポツリと呟く。時代遅れの豪華なシャンデリアが照らす店内は、パッと見ただけでは何座席あるか即答できない程。


 あちらこちらから聞こえる高笑いと黄色い声にどこへ視線を配ればいいのか非常に戸惑うお子ちゃま一行。ダンディーなおじ様方、オシャレで年齢にそぐわない恰好をしたミドルエイジ達。それらを手玉に取るステータスを容姿へ極振りをしただろう煌びやかな女おんなオンナ……。それらから、幾ら世間知らずで経験不足な僕達でも、ここは成功者の集う空間だと瞬時に理解出来た。


 「ご友人はあちらです」


 ホステスさんに促された方向へ目を向けると、どうやらそこは店内一番奥の角座席らしく、観葉植物で僅かばかりだが隠された空間となり、少しだけ他とは様子が違った。


 (個室的な?)


 間近に来た事で分かったが、この店における客質から比べると聊か異質とも思える団体がそこにいた。なぜなら関係性が全く読めない年齢がバラバラであろうおじ様連中に加え、他の客へ対応している以外の残っている全従業員らしき相当数の女性が集まってキャッキャと騒いでいたからだ。

 そんな中、一番異様とも思えたのが……


 「よいではないか、よいではないか!」


 「いやぁーんっお代官様ったらぁーっ!」


 僕は目を疑った。

 この店で働く女性より僅かばかり上回った年齢の着物を着た女性の胸元へイヤラシイ動きの手を滑り込ませる愚か者の姿がそこにあったからだ。


 「うわっはははっ! ガキん子にかかってはやり手のママも形無しだな!」


 三河君だ!

 しかも悪戯をしている相手はこの店のママだって?

 そして周りにいるのは明らかに堅気でない人々では?


 「タコさんも一緒にどう? おかみさんには黙っといてあげるからさ」


 「なに、ホントか? ならば席を替わって……」


 「嫌ですわ多度社長ったら。もしそうならば責任取って頂くこととなりましてよ?」


 「ワハハ! 浮気はダメだってさタコさん!」


 「グヌヌ……ガキん子は許されて何故ワシが許されないのだ? 納得いかんわい!」


 その間三河君の片手はママの着物の下。時々モミモミと動いているのが気になった。


 「な、なぁ熱田、あれって任侠連中じゃね? 三河ってもしかしてその道の人?」


 タコと呼ばれる男性は確かに厳つい容姿をしている。しかし、同じ席には今日出会った鈴丹会長や南さんの姿もあることから経済界の大物ではと推測される。いや、そうであってくれ!


 「あっ! 何やってたんだよみんな!」


 こちらの姿に気付いた三河君はこっちへ来いと手招きする。僕達とて、出席したはいいものの知り合いが誰一人いなく、唯一の顔見知りである主催者と顔を合わせて漸くひと安心した気分。


 「あぁんっ!」


 その間反対側の手はずっとママの襟の下。どうやら彼はオッパイ山の先っちょへと到達した模様。登頂の瞬間、彼女の発した悩ましい声に僕達三人は少しだけ前かがみとなったのは言うまでもない。


 僕にもその山を登頂させてよ三河君ってば!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る