第八十四歩


 「ここです」


 タクシーを降りて数十メートル歩いた場所にその建物はあった。

 全体が石造りで、西洋のロマネスク建築を思わせる、誰が見ても立派な外観の建造物は、時代遅れ感甚だしく、周りの商用ビルを蔑ろにして図々しくもその存在感を強烈にアピール。そして重厚な門にも見えるただ角材を並べて張り合わせただけの文明を捨ててしまったかのような扉にひっそりと掲げられたプレートにはこう記してあった。


 『メンバーズクラブ ゆかり』


 名前を聞いただけならば、きっと誰もがどこにでもある安っぽい場末のスナックを連想するだろう。実際学校の近くにある商店街から脇道へ一歩逸れると同じような名前の飲み屋が少ないながらも複数件、軒を並べている。

 

 しかしここは違った。

 

 まだ未成年でお酒など飲んだこともないこの僕でさえ高級なお店だと瞬時に理解できるほどに他店のそれとは放っているオーラが違うのだ。

 

 例えば、入り口の扉脇にはガタイの良い外国人が立ち、入店チェックを行っていて、店にふさわしくないと思しき人物は追い払われている。それが一見さんなのか、将又格好なのかは分からないが、僕達がこの場所へ辿り着くまでに数人の男性がトボトボ引き返していくのを実際目の当たりにした。

 それと客が入店するとき開いた扉の奥に、チラリと顔を覗かせるドレスを着たホステスらしき女性の姿が、遠目からでも分かるその美しさにこの場所が高級店で間違いないと確信させられる。

 更には同じ景色を見てボー然とする隣の千賀君を見る事により、誰でもきっと僕と同じ答えへ導かれるだろう。

 

 「本日はどの様な御用件で?」


 玄関前に到着すると、傭兵宛らの外国人から即座に話し掛けられる宝石さんと三人の田舎者。


 「今日は知り合いに呼ばれまして……あの、その」


 ビビっているのかはっきり返答できない宝石さん。しかし僕とてその気持ちはよく分かる。なにせ体の大きさからくる威圧感が半端ない。


 「ここはあなた方のような若い人が来る場所ではありませんよ」


 番兵の(ように見える)彼は、僕と千賀君を交互に見ながらそう言った。


 「いえ、だから知り合いに……」


 援護をしてはくれるものの、キョロキョロオドオドと一向に前へと進めない宝石さんの応対に、番兵がどんどんイラついていくのが肌へと伝わってくる。

 そりゃ彼でなくとも店の真ん前でガタガタ揉めれば誰でも嫌な気分となりますわな。


 (もうそのぐらいで引き返しましょうよ)


 僕が心の中でそう思ったその時だった。


 「あっ! 待てっ!」


 何の躊躇もなく扉を開けると、道路を横断するイタチよりも素早く店内へと滑り込む例の男。言わずもがな三河君その人だ。スキを突かれた番兵は慌てて彼を追う為に店の中へと入って行った。


 ドサクサに紛れて事を起すのが本当に得意な男だな。

 それに度胸あると言うのか、怖いもの知らずと言うのか、それとも単なるバカなのか、彼は臆すると言う言葉を知らないのだろうか。


 「ラッキー! この隙に店の中へ入っちゃおうぜ!」


 軽いノリで言っているようだが、千賀君の顔は少々引きつっていた。やはり陽キャの彼でもビビっている模様。それほどまでにこの店は敷居が高いと思わされるのであった。


 

 それにしても大人なんだからもっとしっかりして下さいよね宝石さんってば!


 

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