第八十三歩


 「ところでよ三河、これから繁華街行くってマジ?」


 先程は聞き流していたのだが、確かに三河君は歓楽街へ繰り出すと口にした。千賀君は自己自動変換で繁華街と言ったのだが、どちらかと言えばそれは昼間に活気がある場所と思うのだが違うのだろうか。

 それに対し歓楽街は夜のイメージが強く、こちらは大人の世界って感じがありありとする。ちょっとエッチな響きが非常に興味をそそるが今は黙っているとしよう。


 「この辺りが御園座みそのざです。どの辺りで車を止めましょうか?」


 タクシーに乗る事数十分、運転手が僕達へ降車場所を求めてきた。

 どうやら目的地はすぐそこのようだ。


 「御園座だってぇっ!? 俺はてっきりセンター街のあるシャチノヤで夜通し遊ぶんだと思ったんだけどな?」


 「イケメンはやっぱり陽キャだなぁ。そっちでもいいんだけれど、今回はガマンしてよ」


 この国で生活をしていれば、首都圏御園座の名前を一度ぐらい耳にしたことがあるハズだ。僕もあまり詳しくないものの、老舗デパートから高級クラブがあちらこちらへと点在し、人生の勝ち組や見栄っ張りと言う名の魑魅魍魎が集う欲望に渦巻いた街だぐらいの情報は持っている。

 どうでもいいけれど、ここならば繁華街と歓楽街の両方とも当てはまるかも。


 「この辺りだと思ったんだけれどなぁ?」


 まるで三河君は過去に訪れたような口ぶりで運転手に説明をする。しかしデパートの並ぶ表通りならそれも理解できるけれど、今いる場所は一本中へ入ったネオンの並ぶ怪しげな通り。一体どこへ連れていかれるのやら……。


 「うーむ、確かこの建物の……あっ!?」


 迷い迷って車内全員がキョロキョロしていると、三河君が声を上げた。


 「あれだあれ! 運転手さん、あそこで降ろして!」


 そこにはこちらへ向かって手を振るスーツ姿の男性が一人立っていた。

 しかも僕はどこかで彼と会ったような気がする。


 「お待たせ軽石かるいしさん。よきにはからえ」


 「だから宝石たからいしですって! 完全にワザとでしょう?」


 そうだ宝石だ!

 以前ヨネダコーヒーで浜松濱さんと一緒にいた人だ!

 お菓子の文命堂の人だっけな?

 それにしてもこの人がなぜここに?


 「あ、それと一応言っとくけど、僕達お金無いんでタクシー代の方は宜しくお願いします」


 「まったくもう! まぁ、それぐらいはぜんぜんいいんですけどね。今回あなたの提案でウチは相当に助けられるのですから」


 三河君の提案?

 悪だくみの間違いと違う?

 だけど万年ビンボーの三河君とは裏腹に金の臭いがプンプンするな。


 「ウチのミスでスズタン自動車さんとの契約が打ち切られてわたしゃ上司から大目玉をくらったんですよ。それをもう一度橋渡ししてくれるだなんて……タクシー代の一台や二台、ドンと来いですね! あ、因みに切られたのは私のせいと違いますからね」


 「アンタが名子ちゃんのお尻ばっかり追いかけてたせいで契約更新を疎かにしてたんと違うの? その責任を転嫁するって……リーマンとしてどうなのかなぁ? 美報堂の社長がそれを知ったらどう思うのかなぁ? 会った事ないけど」


 「チッ! 分かりましたよ! 今回は全てこちらが持ちますよ! アナタならばウチの社長なんてすぐに辿り着けるんでしょうよ! まったく抜け目のない……ブツブツ」


 二人はなんの話をしているのだろうか?

 得体の知れない取引で妙な駆け引きをし、如何に自分を優位に持っていくかの商談に似た会話に僕と千賀君の入る余地は全くない。そして社会に無知な僕でもこう思わざるを得なかった。


 (こんなんだからこの国は賄賂や接待などが無くならないんだろうな)


 

 こうして僕達は宝石さんに連れられてとある場所へと向かうのであった。

 何度も言うけれど本当に僕と同じ高校生かよ三河君ってば!


 

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