第八十一歩


 「みなさんお疲れですか?」


 本日訪れる予定だった場所を宇頓さんの運転する車で効率よく案内される僕達。

 しかしその中に三河君の姿は無く、結局彼抜きでレポートをまとめ上げるハメとなってしまった。


 「会長にも困ったモノですねぇ。いくらあのお方がお気に入りだからってお友達から取り上げなくても良いものを……ごめんなさいね」


 そう、三河君は鈴丹会長に拉致されてしまったのである。

 先程会話の中で、先日服を買いに行った時のステーキハウス内出来事を耳にした鈴丹会長は急に真剣な顔となり、”もう少し詳しく”と三河君を奥の応接間らしき空間へ閉じ込めてしまった。

 そこでなにかを察した宇頓さんが三河君の代わりにと僕達の面倒を見てくれることとなったのである。

 まぁ、三河君などどうせ居ても居なくても同じで、寧ろ一緒だと面倒事を運ぶ厄介者ぐらいにしか思っていない僕(と千賀君)だし、あまり気にしていないのが本音。 スズタン自動車の営業車で博物館などの目的地へ移動するから交通費も浮いてラッキーなぐらいの考えが先行中の今現在である。


 「お二人はあのお方が一緒じゃなくてご機嫌ナナメみたいね」


 そうなのだ。

 僕と千賀君は影響ないが、笹島さんと伊良湖委員長の女性チームは違う。あまり顔には出さないものの、その……なんていうかオーラがピリピリしてるって感じ?

迂闊に話し掛けようものなら落雷でもしそうなぐらい充電満タン一触即爆発寸前なのが鈍感なこの僕にさえなんとなく分かる。

 

 そして遂にそのイライラ過充電による放電先は宇頓さんへと向けられた。

 

 「さっきからあのお方あのお方って……三河君のことですよね? 宇頓さんは今日初めて彼と出会ったんですよね?」


 嫌味口調でのマイハニーは間違いなくプチ切れ。

 彼女をそんな姿にさせる三河君に僕は激嫉妬!


 「もしかして三河君に一目惚れしたとか? フッ、その歳で?」


 これは完全にではなくと言ったほうが正しいだろう。

 過去を紐解いてみても開戦理由など毎度些細な小競り合いから。

 僕としては自ら宣戦布告するアナタの姿を見たくなかったですよマイスィート。


 「あら、あなたはあのお方の彼女さんなの?」


 「いえ、彼女ではないけれど……」


 「だったらとやかく言われる筋合いないわね。別に私があのお方にどのような感情を抱こうがあなたには関係ないでしょう?」


 「…………」


 笹島さんが黙らさせられた!

 恐ろしい程の正論で!

 これだから年齢を重ねた女性は恐ろしい!

 そのおかげで一発の銃弾(罵り合い)を交わすことなく終戦となった。


 伊良湖委員長など俯いて何も言えないでいる。戦う前から自分は武器すら何もない負け戦と思い知らされたようだ。


 「だけど現在私の置かれているラインはあなた達と同じなのよねぇ。一線を越えた感覚はあるのだけれど悲しいかなその事実はないのよねぇ。なんだか不思議な気分」


 宇頓さんの言っている意味が今一つ理解できない僕達。デジャブなのか、それとも夢で三河君と出会ったのか彼女自身も曖昧な感覚しか持ち合わせていないような?


 「でも安心しなさい。私のあのお方に対する気持ちは恋心より……うーん、なんていうのかな、尊敬のソレって感じ?」

 

 偉そうに語る割にはその顔がイヤラシさ満載な宇頓さん。きっと三河君の下半身を尊敬しているのだと思う。


 「それにね、きっと私達はお友達になれると思うの。敵対するより協力する方があのお方の為にもなるし、私達もより近づくことが出来ると思う。年齢は離れているけれど、まぁ皆のお姉さんとでも思ってくれればね」


 お姉さんはお姉さんでもエッチなお姉さん……いやいやいや、僕の煩悩よ去れ!


 ふと千賀君に目を向けると、彼も口を半開きにしてどこか遠くを見ているその眼に僕と同じ考えなのだなと感じざるを得なかったのは言うまでもない。


 「……そうね、三河君に近づくには少しでも仲間が多い方が有利かも。そうは思わない伊良湖さん?」


 「そうですね。きっと宇頓さんならば経験も豊富で様々なシチュエーションに対応できるノウハウもあるでしょうし」


 どうやら淑女同盟が結ばれそうだ。僕としては喧嘩されるより余程有難い。


 「これからも宜しくお願いしますね


 聞いてるこちらが恥ずかしくなるような言葉を口にする笹島さんにちょっとだけマイナスイメージが。

 それもこれも宇頓さんのせいだから責任取ってほしいもんだな。


 「…………」


 宇頓さんは笹島さんの言葉に返事をするどころか真っ赤になり俯いてしまった。その姿を見てこの場の誰もがきっとこう思ったであろう。


 (非経験者か!)


 

 この場の空気を何とかして下さいよ三河君ってば!

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