第八十歩


 「これはっ!」


 宇頓さんの後をストーキングすること数分、僕達は彼女と共にある部屋の入口前で立ち止まった。

 窓ガラスはなく、ただ出入りする扉が一枚あるだけで、外から部屋の内部はまったく見えない状態だが、先程宇頓さんに指摘されたおかげでどこぞのオフィスなのだろうことはなんとなく理解出来た。

 淡い灰色で統一された壁と等間隔に並べられた扉はあまりにも殺風景で辺りに人気を感じられない無機質な空間に少々不安感を抱く。ふとドア横の壁へ目を向けると、そこには社命を綴った表札らしきものが掲げられている。


 ”スズタン株式会社首都支店”


 名前を聞いても全くピンとこない僕は、この街に本社を構える大企業へ寄生する中小企業だろうぐらいにしかこの時は思わなかった。

 ところがだ、世間知らずで無知(僕の勝手な解釈)な軽薄男の千賀君が、普段とは違うトーンで声を震わせながら僕達へ語り掛ける。


 「お。おいおいおい! このロゴ見覚えがあるだろみんな!?」


 社名の下には青色の英語表記で”SUZUTAN”とあり、名前の前には赤い独特なロゴマークがあしらわれている。言われてみればどこかで見たような気が?


 「おや? もしかしてワタクシ共の会社を御存じでない? なるほど、わが社もまだまだねぇ」


 溜息交じりで嘆きともとれる宇頓さんの呟き。自虐なのか謙遜なのかさえ僕には理解不能。


 「こ、このマークってスズタン自動車の……」


 「ご名答! アナタは見た目が可愛いだけではなく物知りなのねぇ」


 素直に褒められたことで頬を赤らめる笹島さん。宇頓さんにしても、憎まれ口ばかり叩いている訳ではないようだ。


 「ささ、こちらへ」


 宇頓さんに連れられ中へ入ると、あまり広くない室内には所狭しと数台の仕事用デスクが並べられていた。そして奥にはそれ等より一回り大きな机があり、そこには役職らしき人物が偉そうに座っていた。やはり事務所の規模を見るに中小企業のソレ。数人の事務員とスーツを着た営業マンに、奥の机は課長だろか?


 「オサムちゃん!」


 三河君は偉そうにふんぞり返っている課長らしき人物に向かって声を上げる。

 どうやら彼が三河君の言う友達のようである。


 あれがオサムちゃん?

 名前呼びにしてはもう恥ずかしいレベルのジジイではないか?

 三河君が相当に親しいとを口にしていたが、もしや知能レベルが同じで波長が合っただけとか?


 「坊主ではないかっ!」


 ぷぷ、坊主って。

 二人を見るにジジイと孫みたいではないか?

 飛びついて抱き着く三河君にご老体は耐えられるのかな?

 っつか、あのジイサンどこかで見たような……?

 

 「ね、ねぇ熱田君信じられる? 今私達の目の前にあの”スズタン自動車の会長”がいるのよ?」


 スズタン自動車ねぇ。

 その辺りにある小さな修理工場かなにかの名前……うん?


 「ススススススズタン自動車だあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 事務所が吹き飛ぶレベルの大声を出してしまった。

 この際恥がどうとか関係ない!

 

 「おい熱田、今頃かよ? 笹島がさっき言ってただろ」


 「本当ね。いくら熱田君が万年オトボケでもそれは正直ないわねぇ」


 千賀君と伊良湖委員長に呆れられるも今はそれどころではない!

 そもそも貴様等は僕をどれだけ知っているというのか?

 てか、そんなのどうでもいい!

 三河くんよ三河!

 このどこにでも転がっているイシコロみたいな男は一体なんなん?

 トヨカワ自動車の社長と親密なのは知っていたが、まさか商売敵であろう他の自動車メーカーと繋がっていただなんて……はっ、まさかスパイか!?


 「この間のキャンプオサムちゃんもこればよかったのに!」


 「豊川から一緒にゴルフでもと連絡があったんだが、仕事の都合がどうしてもつかなんだわ」


 トヨカワとスズタンはツーカーかよ!

 経済界は組織ぐるみで談合でもしてるのと違うか!?

 庶民など騙してナンボってな感じか?


 「君達は坊主の同級生か? 珍しく普通だな」


 なんだとジジイ!

 目の前のお方をどなたと心得る!

 千賀君を幾度となく葬った撃墜王の笹島女史とは彼女のことだぞオイっ!


 「それでも坊主が選んだとなれば何か光るものを持っているんだろう。就職で困った事があればウチを訪ねて来なさい」


 突然降って湧いた就職話。

 しかも敷居が成層圏よりも高いと噂される一部上場企業の総合職(タブン)。

 社交辞令だろうとは思うモノの、その時が来たなら躊躇なくこのカードを使わせて貰おう。 

 

 これからも一生ついていきますぞ三河殿。

 

 

 

 


 

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