第七十九歩


 宇頓麗華(肌艶より推定32才)。シャープで端整なお顔を僅か数秒で(三河君により)ナイローブレッド名物のメロンパンへと変化させられる。

 

 「二度と人前であんなことすんなよな!」


 「ははっ、仰せのままに!」


 年齢も社会的地位も立場も小僧三河より上だと思うのだが、妙に卑屈な宇頓さん。そのくせ互いに会った事ないなどと戯言をほざく。

 

 だけどその妙に息の合ったやりとりはなんだ?

 違和感のいの字も感じられないではないか?


 「今日はアナタ様は一人ぼっちなのですね? お友達はガッツリペアリングが成立しているのに」


 「そうだね。万年処女の、今日も若手女子社員に当たりまくりで嫌われまくりのお局様カレーと同じだね」


 (ププ……クスクスクス)


 (ブブッ!)


 ドギツイ嫌味!

 受付嬢の二人どころか僕達も笑いが堪えられずに吹き出してしまった!


 その直後!


 {ドゴンッ!}


 「あがっ!」


 首が弾けて消滅したと錯覚するほどに激しい掌底の一撃が千賀君の頬を捉えた!

 糸が切れたマリオネット宛らの千賀人形は、その場で崩れ落ちると気持ちよさそうな顔をして眠りについた。


 「お前らいい度胸だな? こっちは不審者の不法侵入でガタガタ揉めてもいいんだゾ?」


 宇頓さんは人が変ったように僕達三人(プラス眠り王子千賀)へ厳しく当たる。となれば次は当然……


 「それとお前ら、今すぐ失職したいのか? それとも私にはそんな力がないと思ってる?」


 ターゲットは受付嬢へ。彼女達は見る見る青い顔となり、ブルブルブルブル左右に首を振る。その姿が余計に宇頓さんの恐ろしさを浮き彫りにさせる。


 「も、申し訳けございません!」


 「チッ、まぁいいや。今日はあのお人に免じて許してあげる」


 恩着せがましいな。

 そもそもにそのお人が事の発端では?

 何から何までおかしすぎる。


 「一人芝居は終わったかいカレー?」


 「ははっ、お時間を取らせて申し訳ございません」


 従順な下僕よりも卑屈な宇頓さん。遺伝子レベルで三河君に服従するプログラムでもされているのだろうか?


 「ところでオサムちゃんいる? 急に来て驚かせようと思ってさ。勿論アポなんて取ってないから」


 「会長ですか? 今少し席を外しておりまして……」


 会長だと!

 どこのどんな会長か知らないが、受付嬢の二人はピンときたようだ。


 「あっそう。だった用はないから行くかー」


 「あっ、お待ちを! 別に出かけている訳ではなく、トイレに籠っているだけなんで……いえ、アナタ様を返したとなれば怒られるような気がします」


 不思議だな。宇頓さんは三河君を知らないと言っていた。三河君にしてもそうだ。会った事が有る様な無い様な曖昧な記憶しか持っていないと。しかし二人のやり取りは自然でどうみても友人かそれ以上の間柄。言うなれば……DV夫と依存妻ってとこか。


 「あ、あの三河君? オサムちゃんって誰?」


 ここで命知らずの笹島さんが会話に参入!

 例えるならば、幽世に幽閉された空間とも思えるこの澱んだ空気の中、自らの寿命を贄にし己の疑問を解消すべく率直な答えを求めて怪異に対峙してみたとでも言おうか。

 たわむれもそこそこに、僕自身、三河君と宇頓さんの夫婦漫才に翻弄され、本質を見失っていたようでそもそもの疑問である”オサムちゃんって誰?”問題すら置いてけぼりにしていた。


 「あら小娘、顔面パーツが整っているだけあって他のミジンコとは着眼点が違うわね」


 僕と千賀君がミジンコ扱いされるのはまぁわかる。しかし伊良湖委員長も同類となれば……。


 「…………」


 そこにはエソよりも恐ろしい顔をしてギリギリと歯ぎしりする伊良湖委員長のお姿が。なんだか見てはいけないものを見てしまった気分。

 しかしここで言い返してもきっと宇頓さんに難クセをつけられ、ことごとく論破されてしまうだろう。このようなビルへオフィスを構える会社に勤め、それなりの地位を築ける人物ともなれば相当賢いに決まっている。賢明な判断である。


 「そもそもアンタ等一般人はだね、一部上場企業の会長秘書である私のようなネチネチネチ……」


 うへぇ。

 振出しに戻ってしまった。

 素朴な疑問をしただけだったのだが変なスイッチが入ってしまったようだ。

 絵にかいたようなオールドミスのお説教タイム開始である。

 だが、これが数分続いたところであの男が口を出した。


 「いつまでやってんのさ? ささ、ぼさっとしてると置いてっちゃうよカレー! ほらほらほら、みんな行くよ!」

 

 親に叱られる保育園児のような僕達にしびれを切らしたのか、突然大きな声を上げる三河君。そりゃ依怙贔屓されている男にこの屈辱は分かるまい。


 「ちょっとばかり私より若いからって……あっ、待って! それより先はセキュリティーカードが無ければ通れませんよ!」


 ふと三河君へ顔を向けると、彼はまたしてもウインクをした。直後エレベーターへ向かって走り出すと、ストーカー宇頓さんも即ホーミングで追いかける。


 「アハハハ! こっちだよカレー!」


 「ウフフフ、まってぇー!」


 僕達は、若い男女が織り成す古臭い恋の物語に出てくるワンシーンを見せられているような気持となり、正直こっぱずかしくて直視できなかった。


 もしかして三河君はねちっこく絡む宇頓さんから僕達を助けてくれたのではないだろうか?

 そう考えると、少しだけ恩に……あれ?

 そもそも全部三河君のせいでは?

 ふざけんなよ!


 うっかりしてると三河詐欺に騙されそうだな僕達ってば!


 

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