第七十八歩


 「ハァハァ、ここまでくれば大丈夫だろう」


 総合駅構内へ逃げ込んだ僕達五人。必死だったから気付かなかったが、千賀君は伊良湖委員長の手を、そして僕はハニー笹島さんのプリティハンドをぎゅっと握っていた。


 「んじゃこのまま電車乗っちゃおう。ちょっと行きたいとこあるんで」


 三河君に言われるがまま電車に乗ること数駅、僕達はサラリーマンのインタビューで有名なあの駅で下車。この間僕と千賀君は女子と手を握ったまま。永遠に時間が止まれと感じていたのは僕だけだと思っていたが、鼻の下を伸ばした千賀君を見るに、彼もまんざらではなさそう。これを機会に笹島さんをきっぱり諦めればいいのでは?


 「ここだな」


 巨大なコンクリートジャングルの中、三河君はとあるビルの前で立ち止まった。

 行き交うサラリーマンたちは私服姿の僕達をジロジロ見るも、関わり合いになどなるものかとそそくさ過ぎ去る。ハッキリ言って場違い甚だしい。


 「あ、三河君!」


 オロオロしている僕達にウインクすると、三河君は躊躇なくビルの中へと消えていった。小鴨の僕達も置いて行かれては堪らんとばかりに親鴨である彼の後を付いて行く。

 

 「いらっしゃいませ」


 入ってすぐ、インフォーメーションと書かれたカウンター向こうに立つ女性達から声を掛けられた。どうやらこのビルにおける受付担当的な立場の方々のようだ。

 建物内はガランとした吹き抜けで、奥にエレベーターが数基あるのが伺える。地方にある中小企業の古臭いビルとは違い、なんだか品位を感じる。規模で言えば僕達の街にあるミドルフィールドスクエアビルの商業施設を失くして小さくした感じだろうか。


 「オサムちゃん呼んでもらえます?」


 「えっ? あ、あの……オサムちゃん?」


 戸惑う受付嬢。そりゃ誰だってあのような要望を突きつけられれば困惑するだろう。この男は正気か?


 「あの、なにオサム様でしょうか?」


 「あれ? 苗字なんだっけ? 確か……じじいオサムだっけな?」


 おいおい勘弁してくれよ三河君!

 君が恥をかく分には何も文句ないが、僕達を巻き込むとなれば話は別。


 「申し訳けございません。そのような御用件には対応しかねます」


 「あー、そりゃそうだ。僕がお二人と同じ立場ならそうするし……にしてもジジイの苗字ってなんだっけな?」


 いつもと違い、やけに大人の反応を見せる三河君。やればできるではないか。


 「チェッ、驚かせようと思ったのに」


 三河君はブツブツ言いながらポケットからガラケーを取り出した。

 ピポパポと何処かへ電話しようとしたその時、思わぬところから声が掛かる。


 「あれっ? アナタ様は……」


 エレベーター側から歩いてきたであろう一人のパリッとした細眼鏡の女性が三河君を見るなり立ち止まってそう言った。またか!


 「あっ、お前は……」


 またなのか三河っ!


 「誰?」×2


 互いに顔を合わせたかと思ったら、今度は同じように首をかしげる三河君と細眼鏡の女性。

 僕達は全員心の中でこう突っ込んだ。”知らないのかよ!”と。


 「あ、ご苦労様です」


 その女性を見た受付嬢は深々と頭を下げて挨拶をする。その様子を見るに相当な地位の人物ではなかろうか。


 「この子達どうかしたの?」


 「それがですね宇頓うとん様、私共もさっぱりでして……」


 そりゃそうだ。

 顔を合わすなり”オサムちゃんを出せ”では頭がおかしいとしか……。


 「宇頓? どこかで聞いたような?」


 ブツブツと独り言を口にする三河君。本当に頭がおかしくなったとか?


 「あのね君達、ここは様々な企業が入居しているオフィスビルなの。デートするなら他の場所で……」


 女子の手をぎゅっと握る僕と千賀君を交互に見て、棘なくやわらかな口調で話す女性だったが、その眼はどこか冷ややか。


 「おいカレー、嫉妬はそこまでにしときなよ」


 あっ!

 バカ三河!

 これ以上事をこじらせるなよな!


 「ははっ、アナタ様のおおせのままに。それと私の名前は華麗カレイです。いい加減に覚えて頂きたい……ん?」


 「!?」


 三河君へ深々と頭を下げる細眼鏡の女性に全員どビックリ!

 てか、やっぱり知り合いじゃないの?


 「僕ってカレーとどこかで会ったことあるっけ?」


 まじか!

 この男マジなのか!?

 

 「いえ、ワタクシ目も記憶が定かではございませんが、あの…その…」


 先ほどまでパリッと威厳ある女性に思えたのだが、もしかしてあれは気のせい?

 実際三河君の目の前にいる彼女はモジモジイジイジ頬を赤らめる可愛らしい女性そのもの。まぁ、その歳でその仕草は如何なものかと思わないでもないのだが。


 「カレーは相変わらず男日照りか? こんな眼鏡かけてるからヤローが近寄ってこないんと違う?」


 「あっ!」


 三河君は女性の細眼鏡に手を掛けると、やさしくそれを外す。なぜだか見ているこちら側がドキドキした。


 「髪もこうしてっと……」


 結ってある髪をほどき、手櫛でやさしく整える。先程までお堅く見えた女性だったが、三河君が少し手を加えただけで別人へと移り変わる。一人の男により変化する女性の姿へ僕達全員が見とれてしまった。そして……


 「大好きです」


 女性はそのまま三河君を抱きしめると、彼の耳元で艶やかにそう囁いた。

 そんな二人の姿に、僕は胸キュンが止まらないよ三河君ってば……。


 

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