第七十七歩
「お、ここだここ」
ホテルから歩いて数分、数件の飲食店が軒を並べる場所がある。軽薄な千賀君に先導され、そのうちの一つに僕達は入店した。
「この新舞子タンメン山本は超有名店で一度食べて見たかったんだよなー!」
この僕でさえ名前だけは知っている新舞子タンメン山本。旨辛味噌タンメンが名物らしく、何度もテレビで紹介されているから名前だけは知っているものの、食べたことないから味は未知なのである。悲しいかな僕達の住む街には未だ進出していない。とはいえ、やはり味噌関係は山本なら間違いないだろう。
店に入ると威勢のいい店員の掛け声で出迎えられ、座席へと案内される。5人といった中途半端な人数の為、男子三人と女子二人で二座席を使用。隣とはいえ衝立がある為、少しだけ離れ離れとなってしまった。
激辛はどうかなと思ったものの、メニューは他にもあり、無難なノーマルタンメンを選ぶ女性陣。
僕もノーマルを食べる予定だったのだが、入店して直ぐ、あのエブリタイムトラブルメーカー三河君により辛さマックスレベルを注文されてしまった。
「凄いなキューちゃんは。僕なんてお子ちゃまだからそんな辛いのなんてとてもとても」
ちなみに三河君が食べているのは普通のタンメン。この店に全員を引き連れてきた千賀君でさえも一番辛さの弱いやつ。それなのに……。
「おいおい熱田、お前唇パンパンになってね? つか、よくそんなペースで食えるな?」
辛さを感じる前に勢いで食べてしまえ作戦は見事に失敗。そのしっぺ返しとして味覚を奪われるだけでなく、唇に大ダメージ及び汗腺機能までもが破壊されてしまい、そんな苦痛に耐えながらもあと少しで完食ってところで事件は起こった。
「三河発見!」
大声と共に店内へ姿を現した人物、海道君の登場である。
そんな状況下でも、いつものオフザケ会が始まったといわんばかりで、あまり気にせず食事をする他の面々だったものの、一応二人の会話には耳を傾けていた。
「お前フザケンナよ! 先生に絞られまくったじゃないかよ!」
「メーのパンツ見られたからいいだろ? それにお前には罰が必要だし」
海道君の顔色が変わった!
どうやら身に覚えがあるらしい。
「ア、アハハ! そ、それより熱田、お、お前その唇大丈夫か?」
話をすり替える海道君。誰が見ても不自然極まりない。
「誤魔化すなよ東。旅行前から家のサキュバス達となにやら悪だくみしてただろ? 全部お見通しなんだよ!」
「な、なんのことだ三河!?」
とぼけて乗り切ろうとする海道君。しかし全身から吹き出す汗と泳ぎまくる眼が全てを物語っている。
「お前以前ステーキハウスで小糸さんと内緒話してただろ? 僕の優秀な諜報員が教えてくれたよ」
「!」
話の内容はさっぱりだが、これを聞いて海道君は観念した模様。なぜならこの後素早い変わり身で三河君へ立派な土下座を披露。
飲食店という公衆の面前で恥ずかしげもなくだ!
「ゆ、許してくれ三河! 悪気はなかったんだ!」
しかしここで悪魔が顔を出す。
「この際ハッキリ皆に言ってやりな。お前は誰の尻に……」
「それ以上は言うな三河!」
海道君の慌てぶりを見るにそうとうな弱みを握られているのは間違いない。それにしてもやり口が姑息だな。
「えぇい、かくなる上は……」
三河君に逆らう腹を決めたのか、土下座をしていた海道君は立ち上がろうと片膝を立てた!
だが、三河君の行動がそれを阻止。スープだけとなった僕の器を手に取り、腰を上げる直前の海道君にカウンター気味で頭からそれをぶっかける!
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」
床をのた打ち回る海道君に店内は超ドン引き!
唖然とする店員に食べるのを途中でストップして逃げ惑う他の客たち。
唇をパンパンにする破壊力があるスープを頭からかけられては……ヒェッ!
「ゴメン店員さん! 代金はこの転がりまわってるやつから貰って! きっと結構な大金を預かっているはずだから!」
原因は全て三河君にあるはずだが、その全ての責任を負わされる海道君に僕は涙が止まらなかった。決して辛いからではない。
「おいみんな! この隙に行くぞ! キューちゃんはライブを、イケメンは美咲っちを頼むっ!」
訳も分からぬままに、この場を後にする僕達4人。この時店の入り口付近で治村さんと新瑞さんを見かけるも、状況的に声を掛けるどころではなかった。
それでもこうは思う。治村さんの下着姿をまともに見ただなんて羨ましいなと。
そりゃ悲惨な目に遭っても仕方ないよね海道君ってば。
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