第七十四歩


 「皆と逢えて楽しかったわ。私は仕事があるからそろそろ行くわね」


 星が丘さんは僕達へウインクを飛ばしながらそう言った。


 「おー、んじゃね! 二度と会うことがないよう祈るよ」


 「フフフ、その願いは却下よ」


 憎まれ口をたたく三河君だったが、現時点ではそれが冗談なのか本心だったのか誰も知る由はない。星ヶ丘さんとて戯言と受け取ったのだろう、速攻切り返し僕達の部屋を後にした。


 「フゥー、予定外の出来事だったなー。ステテコのせいでミーティングが台無しとなったけど、時間的にそろそろなんだよね。そんなワケで想定内の出来事を確認しに行くとするか」


 想定内の出来事だって?

 何の話だろう?


 「いつまでも部屋に籠っててもつまんないから出かけよう。みんなついてきて」


 疑問に思いつつ僕達も行動開始。自称コミュ障で人見知りな三河君のリーダーシップをバリバリと発揮した言いつけに従って。


 ――――――――――――


 「あれ? この階ってもしかして……」


 エレベーターを降りてすぐ、カナリヤよりも美しい声で言葉を口にする笹島さん。

 実は僕も疑問に思っていた。出かけるのならば1階まで降りなければならないはず。しかしエレベーターの扉が開いたのは何故か15階。確か10階から15階までの何れかにある部屋へ我が校の生徒が割り振りされていたはず。となれば生徒の誰かを迎えに行くのだろうか?


 「しっ! みんなこっち来なよ」


 エレベーターを降り、少し広い場所を経て廊下に差し掛かろうとしたその時だった。


 「ストップストップ!」


 三河君らしくないとても小さな声で僕達に制止の合図を出す。そして柱の陰に身を隠して様子を伺うことに。


 「ごめん熱田君、もう少し体重かけるけど許してね」


 柱の陰へ四人なんて収まる訳もなく、満員電車宛らギュウギュウと押し合いへし合いでとにかく顔を出すのが大変。

 

 だがしかし!

 天は僕に味方したのだ!


 三河君、千賀君、僕、そして笹島さんの順で固まった為、なんと思わぬ嬉しいハプニングが起きたのだ。笹島さんが後ろから抱き着くように僕へと圧し掛かってきたのである。恥じらいも無く標準的な胸をも押し付けて!


 しかしここで悲しき事実が。

 僕、熱田久二は言わずもがな健全な男の子。

 永き思いを寄せる女性がゼロ距離で接近となれば当然……


 「おい熱田、お前ポッケに何入れてんだ? 背中に当たって痛いから移動させてくれ」


 移動なんて出来る訳もなく……


 「イケメンそれぐらい我慢しなよ。ケガするような硬さの物でもないだろうしね。もしかして柔らかくなるかも」


 三河君は振り返り、僕を見ながらそう言った。当然その顔はニヤニヤいやらしく、僕の今置かれている状況を完全に理解しているだろう。


 「ま、まぁ三河がそう言うなら……」


 とはいえ僕の理性は爆発寸前で違う場所も暴発間近!

 このままでは今後の人生が無きにしも非ず!

 早く立ち去ってくれ淫欲の悪魔よ!


 「ねぇ熱田君、大丈夫?」

 

 意味も知らずにこちらを気にかける笹島さん。しかも僕の肩口に顔を置いて語り掛けるものだから収まるどころか爆破タイマーは更に加速!


 (こ、このまま首を捻ると彼女にキスできるんじゃ……ちがーうっ!)


 考えれば考えるほどに邪念を生む出来の悪い脳。鎮めよう鎮めようとすれば反比例でいきり立つポッケの中身。この世界における煩悩の塊とは僕のことなのではないかと思う程抑制が効かない色欲に我ながら涙が出そう! グヌヌヌヌ!


 そんな僕を気遣ったのか、それとも単なる偶然なのか、ほぼ元凶である三河君によって意識が別の方へと逸らされた。


 「それよりほら、みんなあそこ!」


 なんとか理性を保ちつつ、三河君の指さす方へと目を向ける。そこで僕達が見たのはなんと……!



 くそう、やわらかくていいニオイがするんだよ笹島さんってば!



 


 

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