第七十三歩


 「……というワケなの。だからこのホテルのロビーでアナタ達を見かけてすぐに追いかけなきゃって」


 星ヶ丘さんがこれまでの経緯を話してくれた。あの時、ヨネダコーヒーで僕達と別れた後、広告代理店の宝石さんと名女優である浜松濱さんの二人が只の一般人三河安成の話で驚くほどの盛り上がりを見せたらしい。本人を知らない星ヶ丘さんは聞き手に回るしかなく、仕方なしに二人の会話へと耳を傾けていたのだそうだ。三河君の何について二人が語ったのかは話してくれなかったが、星ヶ丘さんも次第に彼へ興味を抱いて行ったのだとか。そこで今回偶然の再会で僕達の後をつけてきたようだ。


 「へー、この後ホテルにあるレストランで食レポのロケなんだ」


 「ロケって苦手なんだけど、今回ばかりは感謝しなきゃだね! 断ってたら三河さんに会えなかっただろうし」


 この辺りから妙にソワソワし始める三河君。一体どうしたのだろうか?


 「……話の途中でゴメン、僕ちょっとウンコ」


 本当にサイテーだなこの男は!?

 品位の欠片もない!

 心配して損した!


 {バタン}


 トイレのドアが閉まった音が聞こえてきた。

 するとどうだ? 星ヶ丘さんは辺りを見回しながら手招きで僕達を部屋の中央に集めるとこう切り出した。


 「ねぇ、三河さんって彼女いるの?」


 「!?」


 どういう意味だろう?

 まさかまさかの一目惚れ?


 「名子ちゃんが頻りに彼女面するのよ。でもありゃ独り相撲と見たね! 三河さんあまり興味ないようだし」


 この話を聞いて僕達高校生組は全員顔を見合した。


 「三河君が浜松濱名子と付き合ってるだぁ!?」


 僕達全員のハモりに一瞬驚くも、直ぐに冷静さを取り戻す人気芸能人の星ヶ丘ステラ。こういった場面に出くわすと仕事で培った経験値が物を言う。そう、既に彼女は歴戦の勇者、いやグラビアアイドルか。


 「アナタ達の驚く顔を見るに名子ちゃんの言ってる事は、所謂彼女の願望ね。ふーん」


 星ヶ丘さんはそれ以上浜松濱名子と三河君の関係を掘り下げなかった。どうやら何かを確信したようである。まぁ、一般人の僕達にとっては別世界の話だからこれ以上関わる必要性など皆無と思われ……。


 「ところで笹島さんだっけ? アナタ可愛らしいよね。芸能界に興味ある?」


 突然スカウトマンに変身する星ヶ丘さん。そもそも僕等をメロメロに魅了する美貌を持ち合わした笹島さんなのだが、言われてみればそのようなスカウト話など一度も聞いたことがない。もしかして単なる田舎の女子高校生だから機会に乏しいのか?


 「ごめんなさい星ヶ丘さん。私はそのようなお話は全てお断りさせて頂いているんです。大学卒業までしっかりと勉学に励むつもりなんです」


 新しい事実。よく考えれば彼女レベルがスカウトされない訳がない。


 「俺もスカウトされた事あるし。でも今はまだその時じゃないっつって追い払ってやったぜ」


 千賀君をスカウトした人間は目が腐っているのだろうか? 彼が芸能界でイケるのならば僕とて余裕でスターとなれるのではなかろうか?


 「そっかー。そりゃ今が一番楽しい時だもんね。私だって出来るならばもう一度高校生になりたいしー!」


 これを聞いた僕と千賀君、それに笹島さんの三人は揃って星ヶ丘さんに念力を送る。”古屋さんやAV女優だってやり直しで再入学しているから出来るのでは?”と。


 「そうだ! ここで出会ったのも何かの縁、私と連絡先交換しない?」


 「マママママジですか!? オ、オオオオッケーです!」


 この時、星ヶ丘さんにどのような思惑があるかなどと一切考えず、芸能人と繋がる嬉しさで即答する僕と千賀君。笹島さんも多少の警戒心を残したまま、連絡先だけならとこれを了承。


 「三河さんには内緒ね。そっちいった時に皆で驚かしてあげましょう」


 「おーっ!」


 浮かれ気分で盛り上がる僕と千賀君。この時既にこの後の全予定を記憶の彼方へと葬り去っていた。そしてあの人の存在も……。

 


 それにしても人気グラビアアイドルと連絡先交換って、こんなに幸せでいいのだろうか! 

 

 イヤッホウォォッ! 

 今回ばかりは女関係ドロドロでナイスだよ三河君ってば!


 

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