第七十二歩


 {コンコン}


 三河君と星ヶ丘ステラのチチクリ合いで僕と千賀君が目のやりどころに困っていると、部屋をノックする音が聞こえてきた。


 「お、来たな」


 自分に絡む超有名人を邪魔者扱いで引きはがした三河君は、待ってましたとドアの開錠に向かった。

 悩まし気な表情で彼を見つめる星ヶ丘ステラだったが、当の本人はまるで無関心。しかしこの時、僕と千賀君は羨ましさでサイコパスもちびる表情だったに違いない。


 「ハァハァ、お……お待たせハァハァ……」


 「待ってたよライブ。ささ、早く中へ」


 「あっ」


 シャコパンチよりも素早く笹島さんの手を握り、アリジゴクをも驚く吸い込みで彼女を部屋の中へ引き入れる三河君。彼は女性に対し、躊躇や遠慮などは一切ないのだろうか?

 

 「み、みんなお待たせ……えっ!?」


 三河君に手を引っ張られて僕達がいる奥まで連れてこられた笹島さんは、目に映る状況に一瞬戸惑いを見せた。


 「さて、全員揃ったことだし、今からミーティングを始めよう」


 置かれている状況が把握できていない笹島さんに一切の説明もないまま、マイペースて事を運ぶ三河君に唖然とする僕達。だが、笹島さんへの点数稼ぎか、ここで間髪入れずに千賀君がフォローを入れる。


 「ちょっと待てよ三河。星ヶ丘さんのことを笹島に説明してやんないとヤバくね?」


 「ヤバい? ステテコのオッパイばっかり見てたユー達よりヤバいもんなんてないのでは?」


 「!」


 この野郎三河!

 バラしやがったな!


 「あら、別に健全な男子高校生なら普通のことでは? むしろ私は魅力的だって体で表現されているようなもので嬉しいけどな。そこのアナタもそう思わない?」


 「えっ! 私? え、ええ、まぁ……」


 でかした星ヶ丘ステラ!

 あんな言い方されれば笹島さんだってああ言わざるを得ない。


 「あのね笹島さん、僕達以前ヨネダコーヒーで浜松濱名子ちゃんと会ったじゃない? その時一緒にいたのがこの星ヶ丘ステラさんらしいよ」


 これ以上三河君に名誉を傷つけられない為にも話を本線へと強引に戻す。


 「えっ! あの時に……えぇっ! 星ヶ丘ステ……」


 「浜松濱名子だぁ?」


 上手く戻せたと気が緩んだ瞬間、驚く角度から全てをぶち壊すビンボールが飛んできた。


 「おい熱田! お前浜松濱名子と会ったのか? おいってば!」


 僕の胸ぐらを掴んで前後左右に揺さぶる千賀君。どうやら浜松濱名子の大ファンだったようだ。


 「くぅー! どうしてその場に俺はいなかったんだ!? おい熱田、なんとか言えよっ!」


 もうなにもかも滅茶苦茶だ。それ以上に全く話が前へと進まない。


 「まぁまぁ落ち着きなってイケメン。この場にいない名子ちゃんの話題で盛り上がるだなんて、それはあまりにもステテコを蔑ろにしてるのと違う? 彼女だって一応スターなんだろ? 知らんけど」


 「!」


 千賀君は我に返ったのか、僕から手を放すとこう言った。


 「そ、そうだな。三河の言う通りだ。熱田、悪かったな。それと星ヶ丘さん、ごめんなさい」


 そこにはあの万年強気で明るい表情の千賀凱はいない。驚くことに彼でも落ち込むときがあるようだ。


 「別に気にしてないよ。悔しいけどまだまだ名子ちゃんのが人気あるし」


 「うぃっす。そう言われるとマジ救われるっす」


 自分に非があると即謝罪。そのおかげかこの問題はこれでお終いとなる。だが、僕は思う。もしあれが僕、熱田久二ならば千賀君のみたく素直に謝ることができただろうか。へんなプライドが邪魔して頭など下げられなかったかもしれない。いや、謝る自体がカッコ悪いなどとの変な美学で意地を張ってしまうかもしれない。改めて他の人との器の違いを見せられた感じだ。


 「その素直さを見るにイケメンは大物になるかもね」


 器の違いと言えばこの男は別格だな。まったく、どの立場からモノを言っているのか分からない。だが、そんな三河君に肩をポンポンと叩かれた千賀君は少しだけ安堵の表情を見せた。


 「キューちゃんパンパンになってた股間は収まった? だったら今度こそミーティングを……」


 直後、僕を串刺しにするような笹島さんの鋭い視線を全身に浴びると、暫くの間、真面に彼女を見る事が出来なかったのは言うまでもない。



 うおぉぉぉぉっ!

 神よ、この男三河に聖なる裁きをっ!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る