第七十歩
「誰だよ!」
御主人様三河君に命令され、フリスビー……いや、扉を開けに行った忠犬千賀君の鳴き声が部屋中に響いた。
「!?」
それを耳にした僕と三河君は互いに顔を見合わせ、これはなにか予期せぬ出来事に出くわしたのではと二人して扉へ駆け寄った。
「本当に誰だよ!?」
千賀君と同じ反応の三河君に少しだけ頬が緩む。とはいえ、そこにいる人物は僕も知らない。デカいトンボの目にも似たサングラスに頭の上にはアダムスキー型UFOを思わせる巨大な帽子、そして僕等とは違うやわらかな肌質から想像するに女性なのは間違いない。なによりも見上げなければ視線が届かない程に高い背は少しだけ僕の自尊心を傷つけた。
しかしデジャブなのか、その姿に見覚えがあるような無いような……ハテな?
「貴様、ライブどころか名子ちゃんでもないな? そもそもデケーなおい!」
それだ!
以前ヨネダコーヒーで出くわした女優の浜松濱名子と同じ格好ではないか!
しかし三河君は即座に否定、そりゃ体格を見れば一目瞭然だし。
「おいイケメン! 本当に誰なんだよ?」
「はっ!? 知らねーし! そもそも女絡みだったら三河の得意分野じゃん?」
「いや、マジ知らないし! イケメンこそ交友が広そうじゃん!?」
「なめるなよ三河! 俺は女友達なんて皆無なんだよ!」
当然だが、二人のやり取りに僕の名が上がることはない。最近でこそ女性と接触する機会が増えたものの、以前の僕はボッチだったとこの二人は知っている。だけど、少しぐらい会話に混ぜてくれてもいいのではとも思うけど……ちょっぴり悲しい。
「へぇー、意外だな? イケメンはてっきりナンパで女友達モリモリって勝手に勘違いしてたよ」
「そりゃ友達ではなく女として意識しちゃうからな! そんでもってホレっぽいからすぐ好きになって告白し、玉砕してそのまま赤の他人ってのがこれまでの千賀凱の生きざまだからよ!」
本当に意外だな。僕とて三河君とまったく同じ考えだった。人は見かけによらないとはこのことか。
「その割にライブにはしつこく付きまとってるよね?」
「……そこは察しろよ三河」
「まぁ、頑張りなよ」
「…………」
あの万年陽気な男を黙らせた!
色々な意味で恐るべし三河君!
{ザワザワ}
部屋の扉を開けたまま騒いでいた僕達。気付けば他の宿泊客達からの熱い視線に晒されているではないか。超ハズいっ!
唯一助かったと思ったのは、元々教師が宿泊するはずの部屋だった為、生徒達とは階が違がうってこと。もし野次馬の中に他の生徒がいたならば……治村さん辺りが見ていたならと考えたらゾッとした。
「扉を開けたまま騒ぐのはマズい。一旦中へ入りなよ」
なにがどうマズいのかは分からないが、自分の置かれた状況に危機を感じたようで、三河君はそう言うとなんの躊躇いも無く彼女の手を握り中へと迎え入れた。
「本当に三河さんだ」
「!」
扉を閉めるとすぐに女性は屈んで、かけていたその大きなサングラスを少し下にずらし、上目遣いで三河君を見ながら彼の名を口にする。その御尊顔を拝見した僕は鼻から心臓が飛び出そうなぐらい激ビックリ!
「マジかよ!」
当然千賀君も腎臓と肺の位置が変わってしまう程に驚いた模様。何故ならその女性は……
「グ、グラビアアイドルの……
僕と千賀君は互いに指をさしながらそう口にした。
「ごめいとーうー!」
そこにいたのは最近売り出し中の超売れっ子グラビアアイドルで、漫画の表紙はおろか、ファッション雑誌やバラエティーテレビでもよく見かけるあの星ヶ丘ステラその人なのだ。
「だから誰だよ? ……星ヶ丘ステテコ? 知らないなぁ」
世間は広い。星ヶ丘ステラと言えば、誰でも知っていると思ったがそうではないらしい。それにしてもどうしてこんな男が女性にモテるのだろうか?
「三河、お前星ヶ丘ステラを知らないのかよ!? この人は超人気の売れっ子グラビアアイドルなんだぞ!?」
「そうだよ三河君! あ、これ余談だけれど彼女ハーフなんだよね。だから背も結構……」
この時点で僕は彼女に睨まれた。どうやら身長の話はタブーだったらしい。まったく僕ってやつは……ハァ。
「だからそのステテコってのがなんで僕の名前を知ってるんだよ?」
出た変なあだ名!
流石にこれは彼女も黙っていないだろう。
ついにぶっ殺される時が来たよ三河君っってば!
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