第六十九歩


 「三河に熱田、見ろよ! 思っていたより部屋広いぞ」


 複数名が宿泊する予定の部屋だったからか、一般生徒にあてがわれたスタンダードツインより遥かに広い教師部屋。しかもベッドではなく旅館のような畳部屋である。

 

 「うっはー! 気持ちいいーっ!」


 靴を脱いで室内へ入るとすぐ、手にしていた荷物を放り投げ、突然転がり大の字となって仰向けに寝転ぶ千賀君。


 「ハッ、イケメンはお子ちゃまだなっ!? その点大人の僕は……」


 三河君は備え付けの小さな冷蔵庫を開けると、中にある小瓶を複数本取り出して素早くポケットへ隠す。


 「あっ! 三河それウイスキーだろ? なにやってんだよ!」


 酒か!

 三河君は本当に酒が好きなんだな。

 つか、アル中なんじゃ……。


 「いいんだよイケメン。支払いは先生方がしてくれるから。スイートルームと交換してあげたんだからこれぐらいはね。つか、イケメンもいる?」


 いや、そういう問題じゃないだろう?

 そもそも未成年は飲酒禁止って法律で定められているじゃん?


 「あー、なるほどな。でも俺はいらないわー。熱田これやるよ」


 三河君から手渡されたミニボトルウイスキーをそのまま僕へリレーする千賀君。


 「あ、あぁ、ありがとう」


 僕は間髪入れずにポケットの中へボトルを放り込む。実は少しだけお酒に興味があったのだ。これはまたとないチャンス。


 「…………」


 この時じーっと僕と見つめる三河君が妙に気になった。それはまるで罠を仕掛けた猟師が気配を消しつつ獲物を待っているようにも思え、緊張からなる張り詰めた空気と共に僕へと絡みついた。


 「ところでさ、これからどうすんのよ? 出かけるにしても女子誘わないといけないだろうし」


 「イケメンの言う通り女子誘わなきゃホテルから出られないんだよなー。だったらそっちは僕がなんとかするよ。でなきゃお昼も食べられないもんね」


 ナイスアシスト千賀君!

 おかげで話題が逸れ、三河スパイダーの巣から逃れられたよ!


 「おー、言うねぇ三河。ならレポートは熱田担当でヨロ。俺は二人のサポート担当ってことでオケ?」


 これがもし僕一人だけならば完全詰みだった。今回の航海は、陽気で軽薄な千賀君とジゴロ三河君が一緒だから正直怖いものはない。強いて言うなれば、船が泥で出来ているぐらいだろうか。


 「じゃあ早速ライブ呼ぶよ。二人もその方がいいんでしょ?」


 でかした!

 それでこそ三河君!


 僕と千賀君は誰が見てもその嬉しさが分かるぐらい頬を染め、ハモるようにウンウンと頷いた。


 「あー、もしもしライブ? 今から大至急僕達の部屋へ来て。メーや委員長には気付かれずに一人でね。ところでユー達の部屋ってどこ? ちなみにこちの部屋番号は……、あと鍵が……」


 女性関係となれば億すことなく行動する三河君、その素早さは最早尊敬を遥かに超え、神と呼ぶにもふさわしい。なぜ笹島さんしか誘わないのか聞くのは野暮だろう。


 「じゃあ今度は……」


 笹島さんとの電話を終えると直ぐ、別の誰かへ電話を掛ける三河君。常人の僕には彼が何を企んでいるのかミジンコ程にも理解できない。


 「おー、東? 今から言う部屋へ大至急来て! 鍵は開いてるからノックなんてしないで勢いよく飛びこんで……うわぁぁぁぁっ!」


 (おいっ! どうした三河っ!? 大丈夫か……ブツッ)


 「会話終了っと、これでよし!」 


 非常に嫌な予感がするも、被害にあうのは海道君だからま、いっか的な。それでも明日は我が身だから同情はしないよ海道君。



 それから待つ事数分、コンコンと部屋の扉をノックする音が僕達の耳へと伝わった。


 マジどうしたいんだ三河君ってば!

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