第六十七歩
「おそーいっ!」
集合場所で再び相まみえた僕等へ治村さんがこう言い放った。しかしその顔は別段怒っておらず、逆にニヤニヤニヤニヤと笑みを浮かべてなんだか気味が悪い。
「スゲーだろみんな! 俺達が今この町で注目度ナンバーワンだぜ!」
陽気な千賀君が羨ましい。治村さんどころか他のクラスメートまでもが僕達を見て笑っている。
集合場所である駅前リバアスホテルの正面玄関へ派手なオープンカーで乗り付けた僕達。その後部には複数の空き缶が取り付けてあり、古き良き時代の外国製映画で見かけたエンディングと重なる。というのも、ハッピーエンドを迎えた主人公とヒロインのハネムーン出発シーンと瓜二つで、悲しいかな現代社会では悪目立ちの意味合いが強い。
「ワハハハ! 千賀のお相手は誰だ? 熱田か? それとも三河か?」
舞台俳優より大きな声で僕達を揶揄う海道君。しかしその相手はあの三河君も含まれていた。つまり……。
「そうだな東、僕達はもう旅行を楽しんだからこの車は用済みだよ。だから今度はお前がハネムーンで使うがいいよ。だけど相手はメーか天狗のどちらか一人にしなよね。イケメンもキューちゃんもお前等の修羅場に巻き込まれるのはコリゴリだってさ」
「!」
恐るべしカウンターパンチ。しかも腹式呼吸のオペラ歌手を遥かに凌駕する三河君の声は、ホテルの吹き抜けロビーを突き抜け全ての宿泊客に伝わったのではと思わせる程に大きかった。
「マジか海道!」
「いやーん海道君二股だなんてサイテー!」
「海道お前お姫様のガーディアンと付き合っていたのか?」
「え? 付き合ってるのは笹島さんのSPだって?」
「メーが治村さんのことなんだよね?」
「つか、もう一人って誰?」
「そもそも天狗ってなに?」
「天狗?」
ざわつく生徒達。治村さんが海道君を好きだってのは僕達7組の生徒ならば誰もが知る事実。だからと言ってそれを口にしようだなんて猛者は居ない。何故なら彼女が極めた格闘技術で生命活動を永久停止されるから。それ故、他のクラスではあまり知られていないのである。
しかしこの男、三河君は違う。超えてはいけないラインを平然と超えて見せるのだ。そして治村さんの感情を逆なでしても無事帰還する事が出来る唯一の人物である。
「おい海道、天狗って誰だ?」
「白状しなさいよ海道君!」
「俺達友達だろ? 教えてくれよ」
「クラスメイトの私達にも言えないの!?」
集中砲火を浴びる海道君に三河君はニヤニヤが止まらない。治村さんも先程の勢いはどこへ行ったのやら、逆にお株をすっかり奪われ、更には羞恥心といった沈黙魔法のオマケつきで完全無言とならざるを得なかった。
「恥かしがるなよ。いっそ三人で乗せて貰ったら?」
偶然にも並んで立つ治村さんと新瑞さんの間に自分の身体を割り込ませ、二人の後ろから腕を回して肩を抱く三河君。イヤラシイ笑みを浮かべながら彼女達の肩をポンポンと叩き、更にこう言った。
「メーも天狗も二人仲良く……ね!」
「!」
一瞬にして場が凍る!
その間コンマ何秒だったか分からないが、途轍も長く感じたのは僕だけと違うであろう。
「新瑞さんか!」
「天狗って新瑞さんのこと!?」
「あのクールな彼女が?」
「どうして天狗って?」
「そもそも新瑞さんを天狗って呼ぶあの男は大丈夫なのか?」
「アイツ、今日で人生が終わるだろうな」
意外や意外、三河君の存在は案外知られていないモノなんだな。僕達7組では超有名人なんだけどなんか不思議。
「みぃぃぃかぁぁぁぁわぁぁぁぁぁっ!」×2
あぁ、本当に殺されるかもね三河君ってば……。
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