第六十五歩


 {ガチョリ}


 僕達がおもてなしセットのありがたみも分からぬままに貪りついていると、扉の開く音が聞こえてきた。


 「いやぁお待たせしました」


 扉が開くと声のボリュームが壊れているであろう男性を筆頭にして複数人のおっさんが続々入室。

 そして声帯レベルがパーの男性は、扉の向こう側にいる最後の人物らしき何者かを呼び寄せた。


 「ささ、どうぞアナタも中へ」


 驚くことに、その人物は入室するなりこういった。


 「お久しぶりだね三河さん」


 「!」


 その男性は、高級そうなスーツを身にまとい、爽やかな香りを放ちながらこれでもかと溢れんばかりの清潔感フルスロットで三河君へ話し掛けたのだ。おっさんが誰しも彼みたく身だしなみに気を配れば、あれ程までに世間から毛嫌いされないであろうぐらいな、まさに紳士オブ紳士てな感の人物がまたしてもあの問題児に向かって声を掛けたのだ。


 「みなみのチイちゃんじゃんか! 超絶おひさしぶり!」


 「チイちゃんっ!?」×複数


 馴れ馴れしく彼を”ちゃん”呼びする三河君に、雁首揃える年配連中はビックリドッキリ衝撃を隠せない。そして僕と千賀君は”おっさんなのにチイちゃん?”と少々小バカにした意味で驚いた。


 「おぉっ! 私の事を覚えておいてくださったか!」


 「当たり前じゃん!」


 どういうことだ?

 敬語のジェントルマンに対し、クソタメグチを吐きだすこの男。一切関係性が理解できない。


 「あ、そうだ!」


 ところがだ!

 あの超糞生意気天上天下うんたらかんたらを地で行く三河君が急に立ち上がると、マナー講師も失禁する程の見事なお辞儀を披露!

 一体何がどうなった!?


 「南支配人、初詣の時はありがとうございました。お恥ずかしい話、僕たちだけではあのまま泥仕合が続いたでしょう。アナタと師崎もろざき副支配人のおかげで収まりどころを見極められました」

  ※あの人はおっさん?(R指定)第二章あの人はオバハン? 第140話ジェントルマンはお助けマン! の巻参照


 誰だコイツは?

 僕達の知っている三河君ではないぞ?

 突然敬語で話す彼の姿は完全に詐欺師のソレ。


 「滅相も無い! あれしきの事でそこまで頭を下げないでください。寧ろ私を憶えてて下さった三河さんへこちらがお礼を言いたいぐらいです」


 マジか!

 結構な御年の方が高校生にペコペコしているぞ!

 本当に事実で実際マジか!?


 「まぁ、そんなワケでこれからもよろしくねチイちゃん」


 「こちらこそ宜しくお願いします!」


 上からモノを言う三河君に大人一同なんとも思わないのだろうか? 

 僕ならきっとイライラが収まらないだろうな。


 「ところでチイちゃん、今日はどうしたの? 師崎さんは一緒じゃないの?」


 「ええ、師崎は鳴海海岸のホテルを任せてありますゆえ、今日は私一人です」


 三河君とジェントルマンが会話に花を咲かせていると、雁首の一つが二人の間に割って入る。


 「あの南さん、そろそろ私共にも……」


 この後、三河君は邪魔くさそうながらもおっさん連中の一人一人と挨拶を交わした。時には引きつった笑顔で、そして時には険しい顔をして。


 「な、なぁ熱田、俺達これからどうなんの? つか、今日って修学旅行じゃ?」


 千賀君の言う通り僕達は今後、三河君を取り巻くどす黒い人間関係の渦に巻き込まれていくのではなかろうか。耳をすませば”やれ収益がどう”とか、”このプランでは中途半端だからもっとお金をかけて”などとのまったくもって意味不明の会話が聞こえてくる。映画の巨大プロジェクトを臭わすワンシーンを見るような彼等のやりとりに、僕と千賀君、そして女性職員は完全蚊帳の外。


 いい加減におっさん達との関係を説明しろよなボケ三河!


 

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