第六十四歩 


 「さっきから気になってたんだけどさ、このカウンターに表示してある銀と金のカードさ、どこかで見た事あるなーって」


 「お客様、もしかしてカードをお持ちで?」


 平和な顔でやり取りをしている三河君と受付の女性。彼女の表情が好意的に見える僕は三河シンドロームに陥っているのだろうか。いやいや、流石に三河君と言えどもそこまで理由なくモテないだろう?


 「いや、僕が持ってるのはちょっと違うかなー? 第一真っ黒だし」


 「!?」


 突然受付女性の顔色が変わった。


 「し、失礼ですが、そのカードをお見せ頂いても宜しいでしょうか?」


 「別にいいよ。減るもんでもないしね」


 三河君は財布から一枚の真っ黒なカードを取り出した。不吉を象徴する超絶真っ黒なカードを。


 「しょ、少々お待ちを!」


 急に慌ただしくなるフロント内。反面僕達三人はのほほんとボケた表情でバカ丸出し。


 「どうしたんだろうね。僕リバアスホテルなんて縁もゆかりも何もないけど? 寧ろゲーロウェイって駅名のほうが……ん!?」


 思い出したように三河君の顔が強張る。そうこうしているうちにフロントの女性が帰ってきた。


 「大変お待たせいたしました三河様。先ずはカードをお返しいたします」


 「ああ、ありがとう」


 三河様?

 今確かに三河様って言ったぞ?

 僕達ここで一度でも名乗ったか?

 もしかして先程千賀君が三河と口にしたから?

 いやいや、それにしたって……?


 「三河様、この後少々お話がありますのでお時間頂けますか? 他の方々は先に堀川リバアスへとお送りいたします」


 なんだなんだ?

 奥からゾロゾロ人が出て来たぞ?

 しかもスーツを着たおっさんばかりが。


 「えー! せめてキューちゃんとイケメンは一緒にここへ残ってよ。じゃないと時間なんてあげないからね」


 「ご理解感謝いたします。では玄関前の方々を先にお送り致しますね」


 「しょうがないなぁもう! またあのカードのせいでブツブツ……」


 訳が分からない。今日は確か修学旅行だったと思ったが、この状況はどうしたことか?


 「ようこそ三河様。ささ、こちらへどうぞ」


 スーツを着たおっさんの一人に誘導されて、僕達は普段なら決して入ることのない不思議な部屋へと通された。


 「なんかスッゲー部屋だなぁ。豪華っつーか派手っつーか」


 ビビりな僕と真逆な千賀君は思った事をすぐ口にする。正直と言えば正直なのだが、この場合に当てはまるのはズバリ馬鹿正直。少しは空気を読んでくれないかな。


 「お掛け下さい」


 得体の知れない動物の皮から作られたであろう高級感バリバリなソファーに腰掛けると、改めてこの部屋の凄さが理解できる。


 どこぞの宗教家から大枚叩いて購入したのか不自然に大きい壷。

 まるで子供が思うままに書き殴った幼稚な油絵。

 どこの山にでも転がっているような大きな石を割って磨いただけの机。

 田舎の家によく飾ってあるイミテーションだろう小判の数々。

 極めつけは巨大なガラスケース内に置かれたグランドリバアスを模った金メッキのミニチュア。

 間違いなく数万円はするであろう


 キョロキョロ田舎もん丸出しの僕達だったが、そこである違和感に気が付いた。スーツを着た中年男性は未だ立ったままなのである。てっきり三河君に用があるのはこの人だと思ってたのだが……。


 「あれ? 話し相手はおじさんじゃないの?」


 「私は三河様を御案内しただけでごさいます。もう暫くお待ちください」


 高級そうなスーツに身を纏った初老の彼は、見るからにお偉いさまだと思ったのだが、どうやら只の案内人らしい。


 この後、女性社員によってお茶を出された僕達は、場を持て余すことなく時間を費やすと、漸くその時がやって来たのであった。


 それにしても、どこぞの貴族が好んだお茶だとか、外国の職人が手間を惜しげもなく費やした複雑な洋菓子だなどとの説明は要らないんだよね僕達には! 食べるのに集中させてよ女性社員さんってば!


 


 

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