第六十二歩


 {チャンチャンチャーララーン♪}


 『次はぁーゲーロウェイ、ゲーロウェイ。お降りの際は……』


 僕達の会話を遮る車内放送。それは同時に楽しかった男会議の終わりを意味する。


 「ようやく到着かぁ。なにもなければいいけれど……」


 「おいおい三河、お前が言うと冗談になんないから滅多な事は口にすんな」


 海道君は過去、相当悲惨な目に遭っているのだろうか。なぜなら警戒マックスで牙を剥くチワワ犬のような彼の表情がそれを物語っているから。


 「さてと、忘れ物のないようにね」


 「熱田に言われなくても分かってらー! それと車内での会議内容も忘れないようにな!」


 会議などと大袈裟に言ってはいるが、内容は至ってシンプル。この先女性陣とどう接するのかを話し合っていただけで、海道君に新瑞さんか治村さんを押し付けようといったチャチな計画、それに便乗して僕か千賀君が隙あれば笹島さんと……ウーム。

 

 いや、それはどうかと思うよ三河君。

 確かに千賀君はその案にノリノリだ。逆に僕と海道君は嫌な予感しかしないせいもありハァーフゥーとの溜息ラッシュ。毎度おなじみトラブルメーカーの言い出す事を真に受けてバカを見るのはちょっとってな感じ。


 「諦めるんだな熱田よ。でもまぁ、女子関連ならば結構いいことあるかもよ」


 「そうなの?」


 「……悲惨な目にあうのも女子関連だと思うけれどな」


 結局どっちなのだろう?

 つか、海道君は何が言いたいのだろう?

 悲し気に遠くを見つめる彼の目がやけに印象深かった。


 

 「おー諸君!」


 ホームに降りた瞬間、車両前方から構内放送を遥かに上回る甲高い声が僕達の耳に届く。


 「苦しゅうないぞ、近こう寄れ」


 などと言いつつ向こうがこちら側へと歩み寄る。


 「ご機嫌だねメー。グリーン車はお気に召しましたかお姫様」


 「うん! サイコーだった! ありがとーみかわん!」


 庶民を魅了するブルジョア専用グリーン車の良さは、最高潮の幸福感に包まれた治村さんの笑顔を見れば嫌でも伝わってくる。僕の想像なんかを遥かに超える素晴らしさなのであろうきっと。正直乗りたかった。


 「私アンタちょっと見直したかも。これからも宜しくね! ……お財布として」


 「あっ! 言ったなコイツぅー!」


 「アハハハ! イヤァーン!」


 子犬二匹が絡まってじゃれついている。しかも三河君は治村さんに接触、いやもうあれはラブラブチュッチュな彼氏彼女の仲と言っても大袈裟ではないな。


 「メーの背骨をへし折ってやる!」


 「なにおー! それはこっちのセリフだ! 三河の背骨こそへし折ってやるー! キャッキャ!」


 二人の行動を見て僕達全員ドン引き。その体勢は誰がどう見ても互いに抱き合っている仲深き関係の男女。治村さんってこんなんだったっけ?


 「ちょ、ちょっとちょっと笹島? 治村ってあんな乙女感満載だっけ?」


 「……」


 「ちょ、聞いてんの笹島! 治村って……!?」


 新瑞さんは会話を途中で緊急ストップ。何故ならそこにいたのはお淑やかでお上品な彼女の知っている過去形の笹島さんなどではなく、生前悪い行いをした人間の地獄行きを言い渡す厳しい閻魔大王のような顔で二人を睨みつける進化した笹島伊歩その人。マジですか……。


 「お前も命が惜しいならそれ以上は黙っとけ」


 「……うん」


 海道君の言葉に新瑞さんは小さく頷いた。

 こうして花見時の宴会騒ぎを未だに続ける二人と、荒野のように荒んだ心境がモロ顔に出ている女性陣、そしてその他エトセトラな男性陣は共に集合場所を目指して駅を後にするのであった。


 マジ怖いから笹島さんの闇の部分をこれ以上引き出さないでおくれよ三河君ってば!


 

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