第五十八歩


 「おうおはよう! みんなハエーな!」


 会話に夢中となっている僕等へ声を掛ける人物。それは店へ到着した海道君その人だ。テーブル横で挨拶をされ、初めて彼の存在に気付き、全員が返事を返そうとしたのだが……。


 「おはよ……!?」


 途中で言葉に詰まった。なぜならば、そこにいるのは海道君のみならず、もう一人の姿があったから。しかも女子。


 「!」


 この場に治村さんがいなかったことに安堵の胸をなでおろす。しかしここでヤツが余計な言葉を口にする。


 「お、なんだ東? お前彼女いたの? 魚だけではなく色んな意味で生臭いユーには不釣り合いなほどキレイな人だな?」


 それを聞いた海道君は慌てて辺りを見回すと、三河君に向かって小声でこう切り返す。


 「おま! フザケンナよ三河!? 滅多な事言うんじゃないよ? この辺りは完全アウェイってお前も知ってんだろ!」


 この時海道君の額から汗が噴き出していたのだが、何故だろうか?


 「僕が監視されてるのはわかるんだけれど、お前は関係ないじゃん」


 「だったらよかったんだけどな! まったく……ブツブツ」


 監視? 誰が何のために? 意味不明なやり取りをするこの二人の会話は時々ついて行けない。


 「いつまで女子を立たせておくの? ちょっと熱田、席ズレなよ」


 「あ! ご、ごめん」


 僕が席をズレるとその隣に海道君、そしてその女子が端へと腰を下ろした。この会話から分かるように、僕は彼女を知っている。


 「なんか久しぶりな感じね笹島。そっちの席へ座るとおじゃま虫だもんね」


 三河君の隣には笹島さんが座っている。男子二人に対し、女子が一人ならば反対側へ座るのがセオリー。だが、ここ最近のグイグイ笹島さんは迷いなく三河君の隣へと腰を下ろした。ならば僕はその反対側へ座るしかない。気を遣う遣わない以前にごく当たり前の行動だと思うのだが。


 「なにキューちゃんも知り合い? ふーん」


 この場へ不思議な空気が流れる。僕の言いたいことは直後その女子から発せられた。


 「いやいやいや、アンタなに? 普通初対面なら自己紹介からなんじゃないの?」


 僕もそう思うけど……。


 「あー、別に興味ないもん。綺麗な人だなーって思うけど、それだけかな」


 「ぷぷぷ」


 これには海道君をはじめ、僕と笹島さんも笑わずにいられなかった。なんとも三河君らしい答え。


 「あのね三河君、彼女の名前は新瑞瑞穂あらたまみずほさん。僕や笹島さんとは昨年同じクラスだったんだ。一緒にいるところを見るに今は海道君と同じクラスかな」


 「ふーん、瑞穂ねぇ。強気の発言で有名などこぞの政治家と同じ名前だな。現に今も……」


 新瑞さんは罪人の首を落とす真剣の刃よりも鋭い視線で三河君を睨みつけた! どうやら彼は沈黙の状態異常へと陥ったようだ。


 「瑞穂は家の近所に住んでるんだよ。俗に言う幼馴染ってヤツだな。だけど俺が家を手伝うようになってからは接点が無くなってよ、今回も同じクラスになったから久しぶりに口をきくようになったんだよ」


 「あら、私はこのまま自然消滅でも良かったんだけれど、アンタが班も組めずにオロオロしていたから仕方なく声を掛けてあげたんじゃないの。少しは感謝しなさいよね」


 僕は確かに新瑞さんを知っている。しかしこのように砕けて憎まれ口を叩く彼女の姿は初めて。それまではキレイで少々お高くとまった近寄りがたい女子としての認識しか持っていなかった。とはいえ、僕こそ接点がほぼ皆無だったのだけれど。


 「で、笹島はコイツと付き合ってんの? アナタモテモテだったじゃないの。もっと選択の余地があったと思うんだけれど?」


 「……だったらよかったんだけどね」


 分かってはいたものの、僕は心臓を抉られる思い。これで何度目だろうか。


 「よせやい! 僕とライブが釣り合うかっつーの!」


 「そんなの決まってるじゃない。冗談よ冗談!」


 きっと新瑞さんは勘違いしていると思う。三河君が笹島さんに釣り合わないのではなく、逆なんだってことを。もっとも、三河君本人も彼女の勘違いと同じ意味でああ言ったのだと思うけど。


 「んで瑞穂っちはなんなの? 東と付き合いたいの? メーといい、最近モテモテじゃんお前」


 これには全員が固まった。

 それぞれ違う意味で。


 そろそろ誰かに息の根を止められるんじゃないかな三河君ってば。


 



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