第三章 東の都
第五十六歩
ついにこの日がやって来た。これまで陰キャを貫いてきた僕だったが、笹島さんと一緒に行動できるかもなどとの淡い期待、そしてバッシブスキル”永遠のソロ”を生まれる前に神からギフトで授かっていたなどとの現実逃避を言い訳にした妄想で半ばあきらめていた集団行動。それら両方が同時に叶いそうなワクテカが止まらないあの行事。
修学旅行である。
しかしながら同じ班にトラブルメーカーがいる為、これまた不安要素も多い。無論三河君のことである。
そもそも現地集合だなどといった度が過ぎるオフザケも相俟って、田舎者の僕達には目的地到達でさえ高いハードルとなっているのだ。だから班のメンバーとそこまで一緒に行く約束をした(させられた)。
「お、キューちゃん一番乗りじゃん!」
集合場所の駅ビル金時計前には既に三河君の姿があった。現在集合時間一時間前、まだ誰も来ていないだろうと思ったらこのザマ。
なにが一番乗りだよ!
皮肉か!
「おはよう三河君。相変わらず早いね」
普段から登校も僕より早く、今日だって余裕綽々の彼だが、まれに遅刻ギリギリの時もある。それは決まって何かに追われている様子で、ゼイゼイハァハァ息を切らしているのだ。聞いても曖昧な答えしか返ってこなくて、結局有耶無耶にされてしまう。だから僕としてもそれ以上は突っ込めないのだ。
「いやね、ライブがこの時間に来てって言うから……そのくせ本人はまだって、それってどう思う?」
笹島さんに時間を指定されただって?
そもそも現在の時刻だって当初皆で決めた時間より一時間早いぞ?
「キューちゃんはなんでこんなに早いの?」
昨晩浮かれて眠れなかったから早く来ちゃったなどとは口が裂けても言えない。
「たまには三河君より早く来てやろうと思ったんだけれど、やっぱり負けちゃったね」
サラリと口から出る嘘。しかし三河君は何か感じ取ったのか、じっと僕を見つめてこう言った。
「ふーん、僕より早くねぇ……まぁ、そーゆーことにしておくかな」
全てを見透かされている気がした。不気味にほくそ笑む彼に背筋がゾクッとする。滅多に嘘など言わない僕だが、やはり慣れないことはするもんじゃないな。そのせいで三河君に弱みを握られた様な気分。
疑心暗鬼のまどろんだ空気に包まれた僕と三河君。いや、正確には僕だけなんだけれど、その空気を一瞬でぶち壊す佳人の登場。
「おはよう。あら? 熱田君ももう来てるんだね」
「!」
笹島さんである。悲しいかな、僕が邪魔だとも思えるその発言に男泣き。言うまでもなく心の中で。
「遅いよライブ! 一時間前に来いって言った張本人が遅刻ってどうなん?」
「ごっめーん三河君! お詫びにそこのカフェでなんか奢るから許してね」
「ちっ! 調子がいいなライブは!? 仕方がないなぁ、そんなに奢りたいってんならば付き合ってあげるよ!」
この時僕は思った。全て彼女は計算していたと。
遅刻はワザとで自分に興味を向けさせる焦らし作戦とでも言うべきか。予定時間より遅れたならば待ち人はイヤでも考えさせられる。
もしかすると何かあったのか?
ひょっとして事故にでもあったのでは?
などと心配事が思考を支配すれば、他の事など一切考えられなくなるだろう。相手が僕ならば間違いなくその術中に陥るとハッキリ言い切れる。
それと普段では決して見る事のない気合いの入った彼女の格好と、その上薄っすらしている化粧が全てを物語っている。スッピンでもキレイなのにそれが魅了アイテムを装備してきたとなれば相当に本気、ハンターの彼女は野兎三河にバッチシ狙いを定めている。
彼女はもう僕の知っている笹島さんではなかった。控えめで大人しく、清楚で純朴な笹島伊歩の姿はどこにもない。この場にいるのは肉食系に変貌を遂げたアマゾネス笹島。罠に獲物を追い込む狩りはもう始まっている。
出来ることならば代わってほしいとの本音は永遠に胸の奥へと仕舞っておくとするか。
本物の猟師の散弾銃かライフルでマジ狩られればいいのに三河君ってば!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます