第五十五歩
女性陣が大敗北を喫するお通夜状態のヨネダコーヒー店内にて、能天気な彼が口火を切る。
「よくわかんねぇけど、修学旅行はなんだか楽しくなりそうじゃね?」
本当にその意味がよく分からない。きっとだけど、何も考えていないのだろうな千賀君は。
「そうね。私も偽装とはいえ熱田君と付き合ってると大ぴらにした訳だし、中学の時みたいにあまり他の男子も絡んでこないだろうから自分のやりたいことに集中できるかも」
おいおい笹島さん?
アナタには絡んでこないだろうけど、公衆(クラス生徒)の面前で公表(ボソッと呟いただけ)したとなれば寧ろ絡まれるのは僕だろうと思うのだが?
いや、処刑されるのでは?
そんな考えが頭の中を横切るも、僕と付き合ってるだなんて言葉がその可愛らしいお口から出てきたのをハッキリこの耳で聞いたものだからご機嫌メーターは瞬時に最大MAX状態へ。同時に湧き上がる嬉しさと恥ずかしさの感情が急速に僕を支配すると、今度は自分の情けないといった気持ちの消火器が燃えさかる欲情を瞬間冷却し、結果的にデフォルトである口籠りの熱田久二へと逆戻りしたのであった。
「今回でハッキリしたのは三河君に興味が尽きないってことですね。笹島さんは勿論のこと、どうやら治村さんにもその傾向が表れているのかと」
「!」
あれほど海道君一辺倒だったと思われた治村さんだったが、伊良湖委員長の指摘で自分の本心に気付いたのだろうか。直後、ポッと赤みを帯びた彼女の頬を僕は見逃さなかった。
「ちょ、冗談じゃないわよ! わ、私は騙されないんだからね!」
キレ気味の返答でその場を濁し、振り返って全員から顔を背けたつもりの彼女だったが、そわそわ体をくねらせるものだからニヤけるその顔が皆へと丸見え。自分の気持ちに対する答えが見つかってホッとしたのか、将又スッとしたのか、正直な彼女……いや、バカ正直な彼女に僕等はホッコリ。
「三河か……」
いやいやいや!
ホッコリじゃないだろう!?
ボソリと三河君の名前を呟く治村さんに”オイオイお前もか”と思わざるを得ない。マジでなんかの魔法でも使えるのではないのか三河君って。
「なぁ治村よ、自分に正直になろうぜ。別にお前が俺より三河を好きになっても俺はなんとも思わないぞ? 寧ろ”だろうな”ぐらいにしか」
「はぁ? 私がアンタを好きだって? 冗談は顔だけにしなよ!」
冗談はそれぐらいにして下さいね治村さんと思ったのはきっと僕だけではないだろう。ここへ来て全否定しても、海道君に対して素直になれないその姿こそが全てを物語っているのでは。
「まぁ俺は何と思われてもいいけどよ、三河を想うなら自分に正直になった方がいいぜ治村。じゃないと置いて行かれる……いや、なんでもない。それによ、俺自身、あいつに出会えてよかったと思っているからなぁ。それまではあまり友達もいなくって学校では寝てばかりだったけどよ、今は毎日が楽しくてしょうがないもん。熱田に千賀、それに笹島や伊良湖だってきっと同じ答えだろうよ」
途中で詰まったのを多少疑問に思うもこの場はスルーし、海道君に名前を呼ばれた僕を含むバンガロー宿泊組は全員が同じように首を縦に振る。楽しいか楽しくないは置いといて、毎日が刺激的なのは間違いない。これまで平々凡々だったこの僕ですら状況が一変しているのだから。
そしてここで笹島さんが重大発表。
まぁ全員知るところなのだけれど。
「この際だからハッキリ言っちゃうけれど、私、三河君のこと好き」
とはいえ、改めて彼女の口から(本気で)好きとの言葉が出ると、やはりなんとも言えない気持ちとなる。となれば千賀君だって……。
「あ、俺も笹島のこと好きなのは変わんないぜ」
「千賀、お前いい度胸だな? 笹島は今ハッキリと三河が好きって言ったばかりじゃん」
「なに言ってるんだよ海道? そんなん最初から確定事項だろ? それを含めてのスキじゃダメなん?」
何という打たれ強さ。千賀君の将来は大物がバカのどちらかとなるに違いないであろうことをここでもう一度確信。間違いなく後者だろうけど……。
「ありがとう千賀君。だけど私の気持ちはハッキリしているの。いえ、ハッキリ分かっちゃったから……ごめんなさい」
「うえぇぇぇぇぃっ! またしてもゴメンナサイを頂きましたぁーっ!」
などと、おちゃらけている千賀君だったが、その頬を一筋の涙がつたったのを僕は見逃さなかった。彼のフェイクマスクが外される日を僕は切に待ち望む。
この後、くだらない話で時間を過ごした僕達だったが、修学旅行の予定を三河君抜きで勝手に決めると早々に解散、帰宅の途に着くのであった。
それにしてもあの三河くん、いや三河は本物に囲まれ過ぎじゃないのか。偽物と偽装にまみれた僕は嫉妬でいつか彼を襲うかもしれないな。勿論不意打ちで……。
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