第五十三歩
「ビーグル社長は今晩の会食時刻に合わせてこちらへと向かっております。私は弟がここでランチを予定しているとの一報を受け、一足先に……来ちゃったって感じ?」
「我社のお偉いさん方も予約してある料亭へと直接向かうはずだから、それまで楽しみましょうよおねーさまぁん」
二人の話を他所に、黙々とテーブル上の料理を口へ運ぶ三河君。静かなら静かでなんだか不気味。
「お久しぶりねー小糸さん! ウチの安成のおかげか肌がつるっつるねぇー!」」
「い、いやぁねぇ小織さんったら! ……じゃなくってお姉さまったら!」
「ちょっとちょっとーお姉さまって! 小糸さんのほうが年上なんだからねー!」
「あらー、安成君のお姉さまなら私のお姉さまでしょー」
まるで三河君の嫁だと言わんばかりな作製支社長の言動。しかも実の姉は既にその事実を認めている?
「まるで茶番だな」
突然口を開いた渦中の男。どこぞで聞いたB級映画のセリフみたい。
「小糸さんとねーちゃんの会社絡みとなれば相当大きなプロジェクトだな。バンガローで紹介されたリアル鉄道東海の……確かうな重だったかな? あの人もそうだし、そこから連想するに、ビーグルのIT技術を利用した近未来型の街創りでもしようってのかな」
一瞬にして美女二名の顔が強張る。当の本人は女性達の顔に目を向けることなく口をもぐもぐしながら更にこう続けた。
「液体燃料をエネルギーとした技術が衰退していく中、自動車業界はお先真っ暗だもんね。それは業界最大手のトヨカワだって例外じゃないでしょ? 既に様々な業種へと進出済みだけれど、それでもまだ危機感は払拭できないんだろうね。あの強かなジジィのことだからそれでもなお石橋をたたき続けてるんだろう。行き当たりばったりのその場しのぎな経営ではなく、安全確実な道を選択しつつ我社だけはどんな苦境も乗り越え生き残ってやるってな感じで」
鉄板上の一口サイズに切り分けられた肉をフォークでコロコロと転がすアンニュイな態度で真面目な内容を口にする三河君がなんだか仕事帰りに立ち寄ったバーで仲間と自社の行方を語るサラリーマンに見えてきた。本当に高校生か?
「安成様はどうお考えで?」
作製支社長が急に畏まって話し始めた。あのスチャラカ三河君に対してだ!
「その方向でいいんじゃないの? ゼロエミッションの名のもとに、ITによる無人鉄道運行や電気自動車を交通機関としての完全管理された巨大コミュニティー構築を目論んでるんでしょ? 液体燃料を必要とする自動車の割合が全体の半数以上を占めるトヨカワとは真逆の方向となるけど、もうこの流れは食い止めようがないもんね。ネットワークによる管理社会に抵抗ある者が多数いるのも事実だけれど、そこはホラ、政治家を絡めて……」
三河君は何を言っているのだろうか?
自作小説のあらすじを今この場で披露している?
「なるほど、豊川社長が安成様に比津真社長を紹介した意味がなんとなく理解出来ましたわ。そんなワケで今日の夜はアナタ様も参加確定となりましたので宜しくお願い致します。この後のスケージュールは私共のほうで(勝手に)調整させて頂きますね。ウフ」
「あっ! フザケンナ小糸! ハメやがったなもうっ!」
「色々な意味でハメるのはアナタだけよダ・ー・リ・ン・!」
「恥を知れぇっ!」
「ウフフ、イヤァ~ン!」
またしても始まる悪代官と腰元による”よいではないかよいではないか”ショー。見ているこちらが恥ずかしい。
「小糸さんは相変わらずねぇ。てなワケで諦めな安成。序にウチの社長も紹介してやるからね」
「グヌヌ……」
最終的には二人の美女にやり込められてぐうの音も出なくなってしまった三河君。彼のあんな顔を初めて見たこの喜びを、すぐにでも誰に伝えたくて辺りを見回せば、同じようにキョロキョロとしている千賀君と海道君が目に入った。
君達とは三河死刑を合言葉にいい酒が飲めそうだよ。…‥いやまだ未成年なんだけど。
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