第五十二歩


 次から次へと鉄板の上にぶちまけられる一般人にはあまり馴染みのない高級食材(タブン)の数々。それらの放つ香りは僕達の空腹リミッターをいとも容易く破壊する。普段ならば己の体重を気にして節制しているであろう女性陣もそれは同じと見え、幸せ満載の笑顔で次から次へと口へ運ぶ。人間、これ程の幸福顔はなかなか見せられるものではない。不思議なもので、他人の喜ぶ姿はこちらにも笑顔を運んでくる。


 「シャトーブリアンでございます」


 メインもやはり聞き慣れない訳の分からぬ呼び名の肉。海鮮にしても黒アワビだのバフンウニだの、僕達の知る鮑やウニとどこが違うのか分からぬまま既に胃袋内へと収納。とはいえ、間違いなく値段は遥か彼方だろうと思う。

 だって超ウマいんだもん!


 「お前ら無口だな? カニ食べてるみたいじゃん」


 「俺達は三河と違ってこれほど美味しいもんにそうそう出会えないの! 一般ピーポーなの! 俺魚屋だから分かるけど、さっきのウニや鮑なんてウオッカ国との国境近くで採れた超高級品だと思うぞ。だからもっとこう、味わってだな……」


 「お! 君は分かるクチだね? だったらこの……」


 料理人が不思議な形のエビらしき生き物を取り出して海道君の前へ。あれはもしや天然記念物のカブトガニでは?


 「パッチンじゃんか! それ食べさせてもらえるんですか!?」


 「そう、ウチワエビ。この地方ではそんな呼び方しないのに、流石三河さんのお友達だねぇ」


 魚屋の息子が知識を自慢げに披露。悔しいが僕には彼を上回る特技などない。そしてあのエビは天然記念物などではなかったようだ。まぁそりゃそうだ。


 「レゴと東はウマが合うみたいだね。強いて言えばレゴがウマで東がシカ……」


 「馬と鹿? それってバカ……フザケンナよ三河!」


 「ワハハハ!」


 作製支社長とだけではなく、料理人や海道君ともイチャつき始める三河君。あの様子を見るに、結構酔っぱらっているのでは?

 そんな盛り上がり最高潮の中、その人は突然やって来た。


 「安成っ!」


 突然店内に響く女性の高い声。それはヒステリックな金切り声や超高音域で不愉快さを感じさせるものではなく、艶やかで上品さを兼ね備えた所謂美声とでも言おうか。


 「!」


 店内全員が声のする入り口扉付近へ目を向けると、そこには一人の美女(とその他諸々)が佇んでいた。これまで三河君によって様々な種類の美人さんとお会いしたが、彼女はまた違うタイプ。女優浜松濱さんも確かに可愛かった。新罠副支社長や作製支社長もそこら辺りにいる女性などでは到底かなわないであろう超絶美人。まだあか抜けないモノの、決して引けを取らない未完成の笹島さん。彼女達に関わり相当目が肥えたはずの僕だったがゆえ、その女性を見て驚かずにはいられなかった。


 「ねーちゃん!」


 「ねねねねねーちゃん!?」×海道君を除いた高校生一同


 これまで最高級とされる料理を堪能していた僕達は、その強烈な一言で舌の機能を破壊されてしまった。もう台無し!


 「どうしたんだよねーちゃん! 首都圏で仕事してるんじゃなかったの?」

 

 「勿論仕事で戻って来たのよ。それにしてもアンタは楽しそうだね!」


 再会に感動し、抱き合ったと思った次の瞬間、ビューティフルな姉から顔面リップ攻撃にさらされる三河君にちょっとだけ苛立つ。本当に姉弟か?


 「お待ちしてましたわおねー様」


 「いやぁねぇ小糸さん。いえ、作製支社長。今日は安成の姉としてではなく、ビーグル営業部長としてお伺い致しましたのに」


 ビーグルだぁ?

 あっ、もしかしてあのⅠT最大手のビーグルか!?

 しかも部長だって?

 ……一生ついて行きますゾ三河殿!

 


 


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