第四十七歩


 美人台風が去ってすぐ、僕達三人もヨネダコーヒーを後にした。三河君曰く、この辺りも安全ではなくなったそうだ。因みに彼の言う安全の意味が僕と笹島さんには今一つ理解できないのだが。


 「若鯱屋には戻れないから隣の迷鉄デパートで買うとしよう」


 いや、若鯱屋へ戻れないのは三河君のせいだろう?

 などと言えるはずもない小心者の僕は、ただ彼に従うしか無かった。

 

 千賀君達には悪いが、僕達三人はワイワイキャッキャとショッピングを堪能、しかも憧れの人と一緒だったこともあり、終始テンションは上がりっぱなし。そんな僕とは逆に少々控えめな三河君。僕が笹島さんに好意を寄せているのを知っているが故、気を使ってくれたのだろう、その表情は終始にこやかだった。


 「結局三河君は何も買わなかったんだね」


 「嫌味かよキューちゃん。僕がお金無いの知っててそんなこと言うんだから」


 「クスクスクス」


 「ライブの買った服も絶対似合うと思うよー。つか、何着ても中身がいいからバッチリだろうし」


 「あ、ありがとう。そんなこと男の人から面と向かって言われたの初めてだから素直に嬉しいかも」


 やりやがった!

 サラッと女性を褒めるなんて、そう簡単に出来ることではないぞ?

 あくまでも一般の男子高校生に限ってだけど。

 恥ずかしいって言葉はこの男の辞書に載っていないのかねまったくもう!

 しかもよほど好意的に捕らえたのか、当の笹島さんにしても心なしか頬が少し赤みを帯びているし!


 「ところでこれからどうする?」


 「そうね。まだ帰るには早いかも」


 完全に逸れた他のメンバーを無視した会話。これが成立するもんだから恐ろしいと思うのは僕だけなのだろうか?

 そんな感じで買い物も終わり、さてこれからどうしようと三人が顔を見合わせたその時!


 「三河発見っ!」


 どこからともなく三河君の名を叫ぶ声がこのメンズフロア内へと大きく木霊する。とはいえ、間違いなく聞き知った声。


 「ようやく見つけたぞ!」

 

 ゼイゼイハァハァ肩を揺らしながら息をする声の主は海道君であった。彼の後ろには同じく呼吸の荒い千賀君と治村さんに伊良湖委員長の姿も。


 「お、その様子だと仲直りできたみたいだねー。良きかな良きかな」


 「良きかなじゃねーっ!」


 海道君は三河君に飛びかかった!

 しかしそれは怒っているといった類ではなく、寧ろ仲良くじゃれているといった感じ。しかも千賀君と治村さんも同じように彼へと飛びかかる!

 だか、二人の表情を見るに、こちらは海道君とは違い若干の悪意を感じる。

 ちなみに伊良湖委員長は未だにハァハァゼェゼェ言っている。


 「ワハハ! やめろよ三人とも! こんなことやってる場合じゃないだろう? 買い物終わったんかよ?」


 「そんなの若鯱屋でとっくに済ましたわよ! あれからどんだけ時間が経ったと思ってんのよ!」


 なんだかんだ言って治村さん達もショッピングを楽しんだらしい。つい先ほどまで喧嘩していたとは思えないぐらい息がピッタリではないか。但し、三河君を攻撃する姿に限ってだけれど。


 「それはそうとよ三河、この後予定ないんだろ? 全員揃ったんだからなんか食いに行こうぜ!」


 まるで僕達の行動を終始監視していたように予定を決める海道君に違和感。笹島さんも同じように感じたらしく、僕の方を見て軽く頷いた。

 つか、僕達一心同体って感じ?

 いや、以心伝心?

 イィィヤッホオォォゥッ!


 そしてこの後僕達五人は、三河君と海道君によって大人の世界の片鱗を目の当たりにする事となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る