第四十五歩
「彼女をいつまでも一人にしておく訳にもいかないから僕は戻りますね。浜松濱さんも適当なところで切り上げて戻ってきてくださいよ。それでは三河さん、いずれまた」
どうやら浜松濱さん達にはまだ別のお連れさんがいるようだ。宝石さんと呼ばれる男性は浜松濱さんだけではなく、もう一人の人物にも気を遣うべくイソイソと戻って行った。こちらは三河君に任せたと言わんばかりに。
「名子ちゃん今日はナニ? 宝石さんが一緒って事は仕事関連だよね?」
「そうなんですぅ。今度はトヨカワのCMが決まって、この後クライアントとお会いするんですぅ」
やけに親し気な三河君と浜松濱さんの二人。その関係に探りを入れるべく、彼等の会話へと耳を傾ける。勿論笹島さんの行動も僕のそれと同じ。
「マジで!? 名子ちゃんってたしかスズタンのCMに出てなかった?」
「あれ? 三河さん何も聞いていないんですか? スズタン自動車さんとは先月で契約が切れたんですよ。鈴丹会長は契約更新するつもりだったそうなんですけど、トヨカワ自動車さんのお話は既に昨年決まっていて、今季で一旦契約終了となっちゃって」
「うっは、オサムちゃん豊川のジジイに出し抜かれたの? あの人等仲いいふりしても実はライバル同士だもんね。規模はぜんぜん違うけど」
「あれ? 三河さんって豊川社長をご存知なの?」
「えっ!? あ……うん、いや別に……さ、さぁどうなんだろうねぇ?」
なんだなんだ?
スズタン自動車だって!?
トヨカワ自動車より規模こそ劣るものの、世界に名を馳せる超一流企業の一角じゃないか!
世間知らずな僕でも知っているぞ?
「ね、ねぇ熱田君、二人の話に出てくるオサムちゃんやジジイってもしかしたら……」
「たぶん笹島さんの想像どおりだろうと思う。以前旅行へ行った時に豊川社長をジジイ呼ばわりしていたし、オサムちゃんとはスズタン自動車の偉いさんに間違いないだろうね。そもそも僕達の目の前に一流芸能人が座るなどといったあり得ないことが既に起きてしまっているわけだし……」
僕の大好きな笹島さんの表情が少しだけ曇る。そりゃ一流女優が相手ならば可能性がないとは言わないまでも、限りなくゼロに近いだろう。幾ら笹島さんが美しいといっても、それは地方レベルであって、浜松濱さんのような全国レベルではない。こんなことを口にすると怒られるかもしれないが、現時点でそれは僕自身が感じている。となれば笹島さん本人だって……。
「とにかくもう少し二人の会話を聞いてみましょう」
そんな笹島さんは、尚も情報を得るべく囁くように僕の耳元でそう言った。彼女の吐息にゾクゾクしたのは永遠に黙っておくとしよう。
「今回のお話は支社長御指名だったそうで、これも全て三河さんのおかげです」
「なに? 支社長だと!?」
そう言えば旅行の時、豊川社長秘書の常世田さんが支社長や副支社長がどうたらこうたらと言っていたような?
それにしても豊川自動車の社長だけではなく、支社長にも面識があるのかこの男は?
本当に高校生?
「先程宝石さんがトヨカワ自動車さんへお電話してたみたいだけれど、先方曰く、すぐそこの支社から迎えが来るそうなのでここで待っててって」
「迎えが来るだと!?」
三河君の顔色が宇宙空間のそれよりもダークブルーに染まっていく。いつでも明るい彼だったが、こんな表情もするんだ。
「あら?」
そんな時、僕達のテーブル横で一人の女性が足を止めた。
喫茶店にいる全ての男性を虜にする均整のとれたスタイルに、一体何頭身あるのだろうかと思える程の超絶小顔。サラリと長い髪は空間全てを包むように花の香りを振りまく。体のラインを露わにする高級そうな服は、自分に自信がないととても着こなせない代物だろうと、ファッションに疎いこの僕でさえそう思った。
ここで何気に宝石さんの方へ目を向けるとなぜか彼は前かがみとなっていた。
「偶然!」
ぶっちゃけ笹島さんや、あの浜松濱さんまでもが幼く見えてしまう、そんなセクシーアダルトムンムンな女性は、このテーブルに座る誰かではなく、またしても三河君ただ一人だけを見つめながら声を掛けてきた。
この男は一度打首にしたほうが良さそうだなと思ったのは僕だけではないはず。
そうだよね笹島さん?
三河君には島流しでさえぬるいよね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます