第四十四歩


 遠慮したのか、三河君の隣ではなく僕の横へ腰を下ろした笹島さん。そんなはにかみ屋の彼女を加え、三人でこの先どう動くべきなのかを語っていると、一人の男性が僕達のテーブル前で立ち止まる。


 「あれ? 三河さんじゃないですか?」


 その男性はカッコいいスーツ姿の結構な男前で、年齢は二十代半ばだろうか。どう考えても三河君よりも年上なのに丁寧な言葉遣いで彼に話し掛けた。


 「いやぁ、偶然ですねぇ。アナタとはなにかと縁があるようですね」


 更に彼は僕と笹島さんを交互に見ながら話を続ける。


 「三河さんにしては珍しい顔ぶれですね。いえ、決して悪い意味ではありませんよ? 見たところご学友でしょうか?」


 三河君とはどんな関係なのか知らないが、丁寧なその話し方にもかかわらず、どうにも嫌味っぽい。男性はニヤニヤしながら尚も話を続ける。


 「お友達の女性はやはり綺麗な方ですねぇ。男性の方は……」


 彼は僕を見ると言葉に詰まった。なんか腹立つな?


 「……それなりにですねぇ。昨年温泉でお逢いした時、一緒だったお友達に比べると格段に顔面偏差値が高いですけれど」


 僕が顔面高レベル保持者だと?

 この人はおかしな薬でもやっているのだろうか?

 どこからどう見ても普通オブ普通だろう?


 「あー、あの時木頃と東は顔面痣だらけだったからね」


 遂に三河君が口を開いた。しかも男性の口ぶりだと海道君も知っている様だ。


 「お久しぶりだね岩石さん。アナタがいるって事は、もしかして……」


 「岩石ちゃうわっ! 宝石たからいしだと何回言えば! そりゃ三河さんからすれば僕の名前など覚える価値など無いかもしれませんがねっ!」


 まるで三河君の方が年上にも思える二人の会話に唖然とする僕と笹島さんは、互いの顔を見合わせる。


 「その宝石さんがどうしてこんな地方の喫茶店にいるのさ?」


 「いやね、彼女がどうしてもここの”クロノワール”が食べたいって言いだしましてね」


 「この店首都圏にもあるでしょ? チェーン店なんだし」


 「僕もそう言ったんですけど、彼女曰く”本場のが食べたい”んだそうで」


 二人の会話に出てくる彼女とは誰なのだろうか?

 話を聞く限り、この店の何処かにその姿があるはずだと思うのだが。

 などと思った時だった。

 

 「三河さんっ!」


 その女性は三河君の名前を呼びながら許可なく彼の隣へ腰掛けると、そのまま抱き着いた。


 「お久しぶりーっ! 逢いたかったーっ!」


 どことなく風格漂う彼女は僕達と同じぐらいの年齢だろうか。顔を確認したくてもトンボの目にも見える大きなサングラス、そして頭にはアダムスキー型のUFOが着陸したかの帽子、そしてこれから銀行強盗でもするかの顔面全てを覆い隠すマスクで全くその表情は読みとれない。だが、雰囲気から確実に美人であろうことは予想できた。俗に言う”オーラ”が一般人のそれとは違ったのだ。


 「ちょ、ちょっと名子ちゃん苦しいよ!?」


 名子ちゃん?

 ハテ、何処かで聞いたような名前だな?

 

 「公衆の面前だよ浜松濱さん! 目立つようなことは控えましょう!」


 宝石さんはそう言いながら彼女を三河君から引きはがそうとする。それにしても”浜松濱”だなんてどこぞの女優と同じで珍しい苗字だな。しかも名前まで”名子”って、それではまるで本人ではないか?


 「そうだよ名子ちゃん、スキャンダルで芸能誌を飾るのは勘弁だからね」


 スキャンダルって、まるで本物の芸能人……あれ?

 これってもしかするともしかしない?

 フェイクじゃなくって……!?


 即座に僕は笹島さんへ目を向けると、どうやら彼女も気付いたようで、やはりこちらへ顔を向けていた。そして互いにこう声を上げる。

 

 「本物の浜松濱名子おぉっ!?」


 本当の本当にユーの交友関係はどうなっているんだ三河君!?

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