第四十三歩


 僕と三河君はリスカ地下街の反対側に位置するミズモール地下街のヨネダコーヒー喫茶店に居た。


 「だいたい”リスカ”なんて縁起の悪い名前の地下街へ行ったのがそもそもの間違いなんだよなー」


 「つか、何があったの三河君?」


 彼が言うには、あの後治村さん達がやってきたと思ったら最初から喧嘩腰で、怒鳴り声での罵声を浴びせて来たのだとか。しかも千賀君のみピンポイントで。

 温厚な彼が怒る程の罵声とは少しだけ興味をそそるがここはガマンガマン。

 

 売り言葉に買い言葉で千賀君も負けじと治村さんを詰ったそうだ。しかも海道君ネタで。その後本気のケンカとなり、止めに入った海道君本人や笹島さんに委員長も巻き込まれての大乱闘勃発となり、うんざりした三河君はその場を速攻離脱したのが今回の騒動の全容なのだそうだ。まったく……情けなくて言葉が見当たらないや。

 とりあえず、そんな彼等は暫く放っておいて、僕は純粋に若鯱屋における知名度の高さを三河君本人へ質問してみた。


 「それはそうと三河君って結構顔が広いんだね。若鯱屋の店員さんにも知り合いが一杯いたようだし」


 「あー、僕あの辺りにあるビルやデパート、そしてホテルに不思議と因縁があるんだよね。悪い方でだけどね」


 三河君はその事に関してあまり多くを語らなかった。理由は沈みこんだ彼の表情が全てを物語る。過去、相当な悪事を働いたんだなと……ご愁傷様。


 {ブブブブブ}


 そんな折、僕のスマホがブルいだした。どう考えても治村さんからの呼び出しだろう。


 「ごめん三河君、ちょっとトイレ」


 声のボリュームが壊れているのか、それともワザとなのかは分からないが。彼は店内全てのグラスが共鳴して讃美歌を奏でるぐらいの大きな声を出しこう言った。


 「なにキューちゃん、ウンコ? ガマンは体に良くないから早く行っておいでよ」


 舞台俳優が腹式呼吸を使ってもそれ程声を張れないだろうにと思いつつも、今は電話に出るのが先決と、引き攣った作り笑いでその場を後にした。



 ―――――――――――――――――――――


 早歩きでトイレの個室へ滑り込むと直ぐに扉をロック、素早くポケットからスマホを取り出し耳まで運ぶ。


 「も、もしもし?」


 急いでいたため画面での確認を怠った僕は、その声の主に驚いた。


 「もしもし熱田君? いまどこにいるの?」


 電話の相手は笹島さんだったのだ。相手の目を見なくても会話が出来る文明の利器に感謝を抱きつつ、普段とは別の饒舌熱田久二がこの先お相手仕る。


 「あれから芽衣が暴れ出してね、千賀君と海道君が逃げ出したの。それを許すまじと執拗に追いかける彼女を宥める為に、今度は伊良湖さんまで何処かへ行ってしまって……私、取り残されちゃった」


 なに?

 ってことは今笹島さん一人だけなのか?


 「あーだったらさ、今ミズモールのヨネダコーヒーで三河君と一緒にいるから笹島さんも来れば?」


 「ホント!? そこなら場所分かるから大至急行くね」


 {プーップーップー……}


 最低限の連絡事項のみで電話を切った彼女。そんなに僕との会話が嫌なのだろうか?

 それともただ単に早く三河君の居る場所へ行きたいとの思いか?

 どちらにせよ、出来れば他の連中に見つからないよう祈るだけだった。


 どう考えても激オコ治村さんの八つ当たり先が僕となるのは明白だったから!

 ギーミーアブレーックッ!



 その後、5分もしないうちに笹島さんは僕達と無事合流を果たす。そして一人で姿を見せた彼女に、違う意味でこの後の無事が確定したと僕は安堵したのであった。


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