第四十一歩


 「さてさて、今日はどのようなお洋服をご所望でしょうか?」


 この若鯱屋において、メンズファッションと言えば7Fを指すのだが、今僕達がいるのは2F。ここは名だたるインポートブランド、その中でも誰もが一度は耳にしたことのあるトップブランドが軒を並べているブルジョア専門の売り場。貧乏人の僕達など恐れ多くて足を踏み入れるどころかスルー以外の選択肢が皆無なフロア。


 「おいおいフザケンナよ!? こんなシャツ一枚に4万なんてだせるか! そもそも僕がそんなお金持ってると思うのか長良ちゃん!?」


 よよよ4万!? 

 一般人が着ると上品を通り越して下品極まりない見てくれとなりそうなペラッペラでスッケスケなこのシャツが4万だと!?

 このデパートにおいては貨幣価値が無いに等しいのか?


 「あらあらご冗談を三河様ったら。聞けばブラックカードを複数お持ちだそうじゃないですか? そもそも今あなたの着ているシャツだってここのブランドですよ?」


 「知るか! 服はねーちゃんが買ってくれたものだし、それに僕の持ってるカードはどれもクレジット機能なんてないやいっ!」


 なに?

 三河君が今着ている服はここのブランドだって?

 つまりは4万を着ているのか?

 確かに彼をよく見れば、店内へ並ぶ商品と同じ模様がどこかしらにプリント、或は刺繍されている。だけど上品にも下品にも見えないのは何故だ?


 「お姉さまは流石ですね。三河様が他のお友達と並んでも釣り合うようにとおとなしめなデザインを選ばれているようで」


 それだ!

 僕達と同じ小汚い感じのファッションだから目立たなかったんだ!

 しかしよく目を凝らしてみれば、ヨレヨレの僕達に比べ、三河君の着ているものは細部まで丁寧に手を加えられている。まして千賀君の服みたいに裾や袖から糸がびよーんなんていい加減な仕事はどこにも見当たらない。それが4万と400円(たぶん)の違いか?


 「ともあれ作製支社長から、もし三河様がこちらへいらっしゃることがあればお金の心配はさせないでと言われておりますからその辺りはご心配なく」


 「グヌヌ……やつに懐柔されおってからに」


 支社長ってなんだ?

 もしかして若鯱屋の支社長のこと?

 そんなお偉いさんまで知ってるの!?

 なんなんこの男は!

 ※作製支社長とは、すぐ近くにあるミドルフィールドスクエアビル内へ中部拠点を置くトヨカワ自動車中部支社のトップで、三河安成とはネンゴロの関係である


 「このままではマズイぞ? 何とかしなければ……」


 珍しく三河君に焦りの表情が!

 なんだかちょぴり胸のすく思い。


 「そうだ長良ちゃん! 今晩ヒマ? だったら夜遊ばない? 隣にあるゲーロホテルで……」


 「ほ、本当ですか三河様!」


 「あー、だけど部屋予約してないから無理かなー?」


 「私めに全てお任せを! それでは少しの間席を外させて頂きます!」


 それまで絶対逃がさないと言わんばかりに三河君へくっついて離れなかった木曽川さんだったが、目にも留まらぬスピードでこの場から去って行った。


 「おいみんな! この若鯱屋ってやつは魑魅魍魎の巣窟だから一刻も早くここから脱出するぞ! 急げっ!」


 え?

 どゆこと?

 木曽川さんを放っておいていいの?


 「いつまでボーっとしてるんだよキューちゃん! このままじゃと一緒に行動できなくなるぞ! 早くっ!」


 「あ、あれ? う……うん、わかった」


 三河君の言い放った言葉に何か引っかかるも、泡食って考える余地もないままに他の連中と同じくこの場からダッシュで去るのであった。

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