第三十九歩


 「ふぅ、間一髪間に合った」


 タイミングよく到着した私鉄鈍行の各駅停車へと乗り込んだ僕達四人。車内がガラガラだったこともあり、走り続けて肩で息をする三河君と海道君の二人は何の迷いもなく座席へと腰を落とした。


 「三河はスゲーな。このためだけに木頃と五平先輩も誘ったんだな」


 シートに座る二人の前へつり革を手にして並び立つ僕と千賀君は、彼等の会話が全く理解できない故、聞き手に専念する。


 「いやさ、学校で栄ちゃん(昨年の担任)が不穏な動きをしてるって情報をモッチーから聞いたのよ。なんでもエックスデーは土曜日だって」


 「マジか!? 五平先輩の情報網はハンパねぇな!」


 「んで、今朝早くから呼びに来たんで木頃が来るまで鍵を開けなかったのよ」


 「あー、魔王の怒りが最高潮に達する辺りで子羊(木頃)がニコニコやって来たワケか。そりゃー八つ当たりして下さいって言わんばかりだわな。それならあの有様も納得だわー」


 「そそ。でもそれだけだと大した障害にもならずに再び追ってくるだろうから時間をずらしてモッチーを呼んだんよ。で、ドンピシャの正面衝突さ」


 「なるほどなぁ。あの人だったら暴れる三越先生を黙らせるなんざ猫の子をねじ伏せるより簡単だろうなー。しかもお触り公認だったら尚更だよなー」


 「でも相手が女性だから万が一あるんでダッシュで逃げたのさ。アイツ時々ワザとやられるんだよ。キモイ顔で気絶する味覚えやがって……」


 あれ?

 三越先生って確か昨年の三河君や海道君の担任ではなかったっけ?

 そんな人がわざわざ家まで来て三河君を呼ぶだって?


 「でも栄ちゃんじゃなくって来たのがエビちゃんだったら東が生贄だったけどね。うわっはっはっは!」


 「うっわ三河サイテー! ホント不雷先生じゃなくって助かったわー! そもそも三越先生も不雷先生も住んでいるマンションがお前ん家に近すぎなんだよな」


 「まぁなんにせよ、終わりよければ全て良しってことでおけ?」


 「だな」


 やけに聞き慣れた名前がポンポンと出るのに驚くが、ここは一つ、ポーカーフェイスで更なる情報をだな……。


 「な、なぁ熱田」


 しかし千賀君がそれを許さなかった。

 

 「うん?」


 「あの二人の会話に出てきた三越先生と不雷先生ってウチの高校の教師だよな?」


 「だね」


 「学校一美しい瞬間湯沸かし器と色気ムンムン童貞殺しのあの三越先生と保健の不雷先生のことだよな?」


 あくまでも噂なのだが、三越先生の逆鱗に触れた男子生徒は数知れずで、その可愛らしさにうっかり手を出そうもんなら速攻半殺しにされるのだそうだ。それでもある男子生徒だけには頭が上がらないのだとか。

 それと不雷先生に関しては、昨年夏まで男子生徒の憧れの的だったのだが、夏休みを境に急変した。男女問わずあんなにも優しかった彼女だったが、自分目当てで保健室へ来る愚か者には非常に厳しく、そのような輩にはドギツイ言葉攻めで精神を半殺しに追い込む悪魔となってしまった。特に童貞には容赦がなく、生きるのが辛いとまで思わさせる嫌味満載な口撃は嫁いビリを生業とする姑ババァを連想させ、ネチネチネチネチ自我崩壊になるまで追い込むトラウマ製造マシーンと化した。


 え?

 なぜ不雷先生はそうだって言いきれるのかだって?

 そんなのは僕もその犠牲者の一人だからに決まっているだろう。

 当然隣に立っている千賀君もな!


 「それにしてもこの二人はどうなってんだ? 先生達と普段も一緒にいるのか?」


 「さぁね?」


 千賀君と僕は新たな疑問を抱えつつも、電車は目的地である中心部の駅へと向かうのであった。

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