第三十八歩


 修学旅行がいよいよ来週に迫った今日の土曜日、僕と千賀君は商店街にある例の喫茶店にいた。


 「なあ熱田、本当に来るんか三河?」


 実は昨日の昼休み、いつものメンバーでランチを楽しんでいると、これまた当たり前の如く同席していた別のクラスの海道君がこう切り出した。


 「お前等修学旅行に何着てくの? 先生も酷だよな、私服で参加って……俺そんなに服持ってないぞ?」


 「だったら今度の土曜日にでも買いに行けばいいじゃん。海道君も一緒にさ」


 確かに治村さんの言う通りかも。友達も少なく滅多に外出などしなかった僕は、外観を気にする必要性などあまりなく、当然ながらたいした服など持っていない。これを機会に少しチャレンジしてオシャレなジャケットの一つぐらい買ってみるべきかも。


 「本当はメーも一緒に行きたいんじゃないの?」


 「えっ! いい……」


 治村さんが参加表明をしようとしたその時!


 「でもざあぁぁぁぁんねんっ! 僕達男だけで買い物に行くからメーは参加できませえぇぇぇんっ!」


 なんともまぁ意地の悪い事。治村さんが海道君に気があるのを知ってのイヤガラセだろう。こんなにもひん曲がった根性なのになぜ女性からモテるんだこの男は?


 「い、いいもん別に! それだったら私達も女子だけで行くんだから! ね、いいでしょ伊歩! 一緒に行くでしょ伊良湖ちゃん!」


 顔を真っ赤にして拗ねたような怒ったような恥ずかしいような、いずれの表情ともとれる治村さんに少々同情。


 「いいよ、付き合ってあげる」


 「私もオッケーです。こうなれば男子諸君をメロメロにするような可愛い洋服を一緒に買いましょうよ皆さん!」


 ……とまぁ、こんな流れで駅前デパートへ三河君や海道君と一緒に行くこととなった訳だが、二人は未だ待ち合わせ場所の喫茶店へと顔を出していない。


 「なぁ熱田、お前予算どれぐらいあんの? 俺あんま持ってないから洒落た服なんて買えないかも」


 「僕だって1万円しか持ってないよ!? これまでデパートで買い物なんてしたことないから不安で不安で仕方ないんだから!」


 それ以前に自分で服を買うなどといった陽キャイベントの参加経験など皆無なのはこの際内緒にしておくとするか。


 「ねぇ千賀君、あの二人遅すぎじゃない?」


 「だよな。もう約束の時間を1時間もオーバーしているぞ? 三河はともかく海道も来ないだなんて……」


 昨日の昼休み、土曜日の10時に商店街の喫茶店へ集合と決めたのは何を隠そう三河君なのである。その本人が顔を出さないだなんて、ヤツの体内時計は磁力まみれで狂っているのではなかろうか?


 そんな感じで彼を心の奥底でディスっていた時であった。なにやら店外の様子が変化、騒がしくなっているではないか。窓越しにも伝わる喧騒さはやがて喫茶店の前へ。


 {カランカラン}


 「いらっしゃ……」


 {ガチャッパリーンッ!}


 店の扉が開いたと思ったらどこからか陶器の割れる音が鼓膜を激しく振動させる。

 驚いた僕と千賀君は一瞬マスターへと目を向けるが、その視線はすぐに入口前へ立つ人物へ釘付けとなる。


 「ハァハァ、お、おいキューちゃんにイケメン! あ……おはようおっさんさん」


 「おはよう三河君。君は相変わらず忙しないねぇ」


 三河君だ!

 その横には海道君も!

 二人は不思議とゼェゼェハァハァ息も途切れ途切れ。

 しかも店内に古屋さんが居ただなんて……全然気付かなかったぞ!?


 「早く店を出るんだ! いつまでもここにいるとヤバイぞ! 支払いはおっさんさんがしてくれるから大丈夫だ! あ、そんなワケで宜しくねおっさんさん」


 それを聞いた古屋さんは慌ててマスターに何か渡すと小走りで店を後にした。

 ダンディーで落ち着きのある大人オブ大人の彼の慌てぶりを見るに、これから起こりうるであろう出来事が只事でないのは、恋愛だけでなく、あらゆる方面において鈍感な僕ですら容易に想像できた。


 「もうすぐ電車が来るから急ぐんだ! ほら、ハリィーッハアァァァァルイィィィッ!」


 店を出ると商店街を覆うアーケードの端辺りから金切り音によく似た女性の声らしきものが聞こえたが、それを気にすることなく僕達は近くにある駅の改札を足早に抜け、タイミングドンピシャで到着した電車に飛び乗ると、そのまま駅ビルのある街の中心へ向かったのであった。

 


 


 


 

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