第三十六歩


 「古屋様からこちらへと」


 ダンディーなマスターが僕達のテーブルへケーキを人数分並べる。しかも全部違う種類で。


 「え? おごっていただけるってことですか?」


 伊良湖委員長を筆頭に、僕達子羊は揃って前方カウンターへと目を向ける。そこには笑顔でこちらへ手を振る古屋さんと美しい女性二人、そして床には薄汚れてボロボロの所々赤く染まる人型の粗大ごみが横たわっていた。


 「…………」


 全員見てはいけないものを見てしまった気分。なぜならその粗大ごみは今も尚、二人の美女により踏みつけられているからだ。


 「ふ、古屋さんにお礼を言おうよみんな」


 「そ、そうだな。熱田の言う通りだよな」


 全員が額にヤバい汗をかきながら、且つ引き攣った笑顔でカウンターに座る古屋さんへ向かってこう大声をあげた。


 「古屋さん頂きまーっす!」


 不思議とこの時食べたケーキの味は、この先永遠に思いだすことが出来なかった。


 「しかし全員の好みが違ってよかったー! ケーキ如きでケンカなんてしたくないしねー!」


 それは違うよ治村さん。なぜなら気を使って他の人が選ばないヤツを敢えて選んだのだからね僕は。

 それに千賀君も同じ気持ちだったと思う。ケーキを手にしたのが一番最後だったから。


 「結局私達は何しに集まったのかしらねー? 三河の身辺調査依頼?」


 「そうだね。だけど五平先輩に言われなくとも三河君の秘密には興味あるから……いや、でもやめておこうよ。そのせいで彼との距離が離れてしまったらそれはそれで寂しいから」


 治村さん以外の全員がウンウンと頷いた。


 「つか、そもそも今度の修学旅行のことで集まったんじゃないの? ねぇ委員長?」


 「そうですね。千賀君の仰る通りです。あくまでも粗大ごみ……いえ、五平先輩はオマケなのです」


 忘れてた。あまりにも五平先輩のインパクトが強すぎて本来の目的を蔑ろにしていた。


 「それにしてもどこの田舎高校だよ? 行先が首都だなんて」


 「らしいですね。元々は古都が目的地だったそうなんですが、見えない力で強引に首都へと決まったそうですよ」


 そうなのだ。修学旅行と言えば、歴史ある町をバスなどで巡るのが普通だが、我が赤楚見高校の目的地は首都圏なのだそうだ。しかも泊まるのはオフィスビルが立ち並ぶ港区とのこと。その上現地集合とか放任主義にも程があるのでは? 

 てっきり僕は巨大な大仏や歴史ある寺院などを見学するのが修学旅行の目的かと思ってた。


 「あら、私は楽しみで仕方ないわ」


 「伊歩はなんか変ったね? 学校のイベントでワクワクする感じじゃなかったのに」


 確かに笹島さんは変わった。それはきっと僕や伊良湖委員長、そして千賀君も同じだと思う。そしてその原因は間違いなく三河君。


 「では皆さん、今度の旅行の予定を組みましょう。約一名不在ですが気にしないでおくとしましょうか」


 この後各自ケーキを貪り雑談を交えながらもワイワイと楽しく行程を決めていくのであった。修学旅行の前にあるテストのことなどすっかり忘れて……。

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